第364話・水と油

「純粋……?」


(そう。最初は、光と闇をぶつけ合い、それによって光と闇の混ざった……複数の素質を持った存在を創っていた。だが、対は次第に怒りを抱くようになっていた。上手く混ざらない者たちに。まだらになって混ざらない者たちに。一時は上手く混ざったと思っても、時を経れば光か闇に傾き、戻る者たちに。この手段では上手く行かない、別の方法を考えなければならないと言っていた)


 上手く混ざらない。


 それは分かるような気がする。


「全く正反対の存在をただぶつけ合うだけで混ぜようだなんて無茶な話。言ってみりゃ水と油を混ぜようって言う話なんだろ?」


(そうだ。だから、私は積み重ねるべきだと言った。積み重ね、繰り返して、失敗から発見をし、そして完成するものだと。それを成し遂げることをこそ創造神は望んでいるのだと。そうして対と私は決別し、対を大陸の外へと追い出し、対が戻ってくるまでに対の望んだような、光と闇が完全に溶け切った命を創ろうとした)


「それも違うだろ」


 ぼくの言葉に精霊神は不思議そうにこっちをうかがってきた。


「水と油を混ぜるには、仲立ちが必要なんだよ。ぼくたちを創っておいて、そんなことも知らないの?」


(仲立ち……?)


「そう。水と油を混ぜるには卵の黄身が必要なんだ。黄身は水とも油とも混ざり合うから」


 精霊神はこっちを見ている。擬音をつけるとしたら「きょとん」かな。


「水と油を延々かき混ぜたとしても永遠に混ざんないよそりゃ。お前だって光と闇が綺麗に混ざると思っちゃいないのに、何で続ければいつか、なんて思っちゃったんだよ」


(それが正しいのではないか? 湯と水は混ざり合い、両方の性質を併せ持つ)


「正しくない。ぜんっぜん正しくない。お湯と水は混ざり合えば温くなるけど、これは二つは元々同じ存在だから混ざるんだ」


(光と闇は……)


「元は同じだとしても、違うものに変質しちゃったんだろ? 闇の混ざったぼくじゃ取り入れられないて言っただろう。だったら元のように混ざり合うわけがない。違うものの仲立ちをする存在を入れなきゃ、どれだけかき混ぜても混ざりやしない。闇の精霊神の言う様に、まだらが細かくなるだけだ。そして最終的にはまた二つに分かれる」


(なんと……)


 精霊神は考え込むような仕草をした。


(そうか。対の言いたいことはそれだったのか。なのに私は……)


「分かったら闇の精霊神に、自分勝手な判断で倒して追い出した申し訳ないって頭下げて、やり直そうって言ってこい。凶獣や魔獣の増加強力化やディーウェス滅亡は、力を取り戻して戻ってきた闇の精霊神のやらかしだろ? これ以上大陸で喧嘩されても住んでいるぼくたちには大迷惑だ」


(いや……対は引かぬだろう)


 精霊神はゆらゆらと揺れる。


(対は、大陸とそこに住むすべてを失敗作と認識してしまった。戻ってきた対は私に言った。光と闇の混在する存在は滅ぼさなければならないと)


 ええいそこまで思い込んでるのか!


「滅ぼさなければならないとか、みんなが困るんだよ」


(では、私を知る君に問う。一度こうすべきと決めた私を止める手段は君には思い付くか?)


「思いつくならぼくが噛みつかなくても良かっただろ」


(そう、痛い思いをしなければ反省も後悔も後戻りもない。それが我々という存在だ)


 闇の精霊神もめんどくさい性格かよ! 


「で?」


 眼下にある無数の大陸を眺めて、そしてぼくは顔を上げ、精霊神を見た。


「最初の話に戻るけど、お前はぼくに手を貸してほしくて来たって言ってたな? 一割に、お前に反感持つぼくに、何の手助けを求めるって?」


(私は大陸を愛している。大陸とそこに住むすべてを)


 ならハズレスキルはどうだとかペテスタイの人たちを忘れたのはなんでだとかツッコミたいことはたくさんあるけど、とりあえず黙って聞いておく。


(対は、己の責任において創造神の意思に反する命を滅ぼすと言った。私は命を滅ぼすのは良いことではない、生命を創造する創造神も許すことではないと必死で説得したが、ならば自分に属するもの以外は滅ぼすと。闇に属する者は全て我が愛しき創造物だが、それ以外は自分を傷付けた受け入れ難い憎き存在、故に滅すると)


「……ああ、だからディーウェスが」


(そう。私にかしずいていたものを全て消し去り、私に疑問を抱いた者に最大の加護を与えた。それが出来るのが私以外にもいる、と知らなかったオヴォツの民は光の中にあって闇の属性となった)


 オヴォツの民は、闇の精霊神の現身である黒い炎にまかれて生き延びた人たち。紛れもなく闇の属性だ。


(ここ数百年、対は大陸に少しずつ闇を増やしてきた。光の成分を大陸から追い出し、光の民の中に闇を紛れ込ませ。そうして、対は苛立っている)


 ゆっくりと、光景が降りて始めた。降りて、降りて、目の前の精霊神が創り、ぼくが生まれ育った大陸の見える距離まで降りる。


(闇の化身である己が長い間いなかったせいで、光に偏ってなかなか戻らない大陸に、対は苛立ち、腹を立てている。そして、最終手段も考え始めた)

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