第365話・逃亡

「光の属性を全部消してしまえ、とか?」


(その通り)


「……精霊神……」


 ぼくはプルプルするのを止められなかった。


「自分の対ってんならちゃんとコントロールしとけよ! お前が倒した後フォローもしないで放っておいたせいだろ! 自分が何とかしろよ自分が!」


(だから自分に頼んでいる)


 脱力。


 そうだよな。ぼく、精霊神の一割だっけな。でもね。


「ぼくはぼく! もう別物って、さっき自分で言ってただろ! ぼくは闇の精霊神を対だとは思わないし、お前も自分だとは感じたことはない!」


(しかし)


「闇の精霊神は責任もってお前が押さえろ! 大陸を愛してるって言うなら自分の対から責任取って守れ! 切り離したぼくに頼るんじゃない!」


(無論、守るつもりでいる! この大陸は私と対が創った愛しき存在! 私が守らずして誰が守るというのだ!)


 お? 突然スイッチ入った?


(ただ……)


 突然入ったスイッチは唐突に切れた。


(対を追放した時、いずれ戻ってくると思っていた。そして、一旦大陸を滅ぼそうとした対が簡単に意見を取り下げるとも思っていなかった。故に、大陸を守る切り札として一割……つまり君を創り出す準備をしていた。一割を取り去り、人間の輪廻の輪に入れて私の一割と気付かれないまでに人間に近付け。そして私が九割しかないのを対に気付かれぬよう、自分を装って。それが百年前)


「ディーウェスが滅んだのが五十年。百年から五十年前の間に闇の精霊神は戻ってきた、そう言うことだな?」


(ああ。ディーウェスを滅ぼし、私に従順であった民を奪って、対は笑った。いない間に随分弱ったな、と。幸い一割を削ったことは気付かれなかった。こんなに弱っているなら、そのまま光が滅びていくのを見ているのもまた一興、と対は言った)


「それで、ディーウェスに続いて炎に包まれて滅びた町がなかったんだな」


 ペテスタイは一度滅んだけどそれをやったのは光の精霊神。反省しろそれは。


(対が私を侮っている間に、私は君を誕生させた。対は気付かなかった。それが救いだ)


「……一応聞いとく。ぼくを生み出して、何をさせるつもりだったんだ?」


(私が空しく終わった時、私が守るはずだった存在ものを、守って欲しかった。いや、言い直す。君に、守って欲しいのだ)


「じゃあ、ぼくのスキルは」


(対が大陸を滅ぼそうとした時、守れるだけの守れるものを連れて逃げて欲しかった)


「それを最初に言え」


 一緒に戦えとか言われると思った! そんなのぼく無理だし!


 ……でもまあ、納得はした。


 町から出ずに生きるのに必要ならどんなものでも作れる「まちづくり」のスキル。それは、生き物が大陸で生きていけなくなった時、そのまま逃げ出せて海のどこかでも生きて行けるようにか。


「そんなの、ぼくの正体がバレたら全部アウトじゃないか」


(可能な限り手助けはする。だが、対と争うことになれば、守りながら戦うのは難しいだろう。対も弱っているだろうが、私も一割を失い、そして大陸から光を消されているのだ。対に集中しなければ速攻で滅ぼされるだろう。そして対も私に集中するはず。その隙をついてほしい)


「……確認しときたいんだけど」


ぼくは右手でエキャルの代わりに自分の頭をもしゃくしゃしながら聞いた。


「ぼくにそこまで話すってことは、お前の中では答えは出ているって言うんだな? ……自分が負けるって答えが」


 精霊神はすっと顔の部分を横に向けた。


 ふと思って見上げれば満天の星。


 その遥か上に光と闇の精霊神が目指した上位の世界があるんだろうか。


「……言っとくけど」


 髪をもしゃくしゃする手をいったん止め、ぼくは言った。


「負ける気で戦えば、勝てる戦いも勝てない。歴史書にそう書いてあったけど、それはお前が告げた言葉が元じゃないのか?」


(!)


 精霊神がびくりと震えた。


「そんな、速攻で倒されること前提で戦われても、時間稼ぎにすらならないよ。潰さなきゃ潰されるんだろ? 本気で……相手を滅ぼすつもりで戦わなきゃ、ぼくたちが逃げる暇もない」


(…………)


 精霊神は俯いたような体勢のまま。


「ぼくだって死にたくはない。死なせたくもない。ただ、助けたい人が多すぎる。スピティ、フォーゲル、ヴァラカイ、ペテスタイ、それ以外にも人が大勢いる。大陸から逃げ出す途中にでも闇の精霊神に見つかって殺されたら、グランディールはもたない。飛べなくなり、支えきれなくなる。そうなったときのことを考えているか?」


(……君には言いにくいことだが、策がある)


 言いにくいこと。


 精霊神がそう言うだけあって、確かに承知できないことだった。


「なんでぼくがそこまでしなきゃならない」


、とは言っていない。助かる道が見えてくる、そう言った)


「ぼくに死ねって言うのかよ!」


(私は君に強制できない。君は既に私の一部から離れているのだから。だから、これは強制ではない。お願いだ)


「そんな無茶なお願い、初めて聞いた」

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