第366話・とんでもないお願い

 精霊神は無茶苦茶な……いや本人曰く実行は当人の意思に任せると言ったからこれは? ……をして、風景を元の部屋の中に戻した。


 ぼくは頭を抱えている。


 とんでもないに思考回路がついて行かない。


(無茶な願いだとは重々承知している。だが)


「いや承知してない。全然してない。絶対してない」


 何やら言い訳めいたことを言い出そうとする精霊神を片手で止める。


「お前、やっぱ人間のこと分かってない。いや分かろうと努力したこともないだろ」


(私は私の創造物たるものすべてを愛している。君とて例外ではない)


「愛してる人間に死ねって言えんのかお前はぁっ!」


(言った通り。死ではない)


「死だよ! 死のみだよ! 死あるのみだよ!」


(人間はそう判断するかもしれないが……)


「勘違いすんな! ぼくはまっとうな人間です! 元がお前の一部でも、生まれも育ちも人間で、考え方は人間そのものです! 対とやらから隠すためわざわざ輪廻の輪の中にまで入れておいて今更お前は人間じゃないからなんて言われても困るんですけど! えーえ、対とやらを制御できないお前の巻き添えを食って大迷惑なんだけど!」


 ぐっと精霊神は動揺した。


「ぼくは家族も友達も町の人も他の町の人も好きだけど、そこまでぼくは犠牲にならないといけないのか?! 犠牲を少なくって言っても、ぼくが犠牲になるならおんなじことだよ! 少ないの中に入ってるんだったら、他に同じ運命になる人がいるって言われたって納得できんわ!」


(しかし……)


「最初から犠牲にするために生み出したってんなら、まず生まれる前に思考回路弄っとけよ! みんなの為に喜んで命捧げる的な人間にしとけば問題なかったろ!」


 あ、という感じの精霊神。数瞬後に首を振る。


(いや、思考を弄ればそこから対に気付かれるかもと)


「今考えたろ! その感じ、今思い付いて言っただろ!」


 実体があったら首根っこひっつかんで揺さぶってるところだ!


「とにかくそんなことになるのはぼくは納得できません! お断り! 一人で死ぬかみんなで死ぬかの二択ならどっちも断る! 帰れ! バーカ!」


(とにかくよく考えてくれ。大陸の命が君にかかっていると言っても過言ではないのだ)


「知るか!」


 ぼくは枕に手を伸ばしてぶん投げた。


 金色の炎がすぅっと消えた後を、枕が行き過ぎた。


 気配が消えた。部屋を覆っていた結界の気配も。



     ◇     ◇     ◇



 ぼくはゆっくりとベッドに体重を預けていった。


 と言えばカッコいいけど、ベッドに倒れ込んだだけで、頭の中でそれがやけにゆっくりと通過していっただけ。


「……マジかよ」


 そんな言葉しか出てこない。


「……冗談じゃないぞ」


 確かに、方法であれば、グランディールに逃げ込んできた人間は全員助かる。人間だけでなく、動物も、植物も、大陸にあるすべてが。


 だけど。


「違う誰かがなるんだったらいくらでも納得するけど、なんでぼくなんだよ……」


 何でも何も、あのクソ精霊神のせいだけどな!


「本当に、精神を弄っておいてくれた方がどれだけかマシだったよ……」


 ベッドの上をゴロンゴロンしながらうめく。呻くしかないだろ、いい案があるって出されたのが方法だったら!


 あ~あ~あ~あ~あ~。


 そこへ、控えめなノックの音がした。


「ごめん、今ちょっと気分が悪いから後にして……」


「その気分の悪い原因は何処ぞのか?」


 ぶっきらぼうな物言い。そしてそれに合わせるようにこんこんこんこんとドアをノックする音。


 ……心配してくれてたんだ。


「どうぞ」


 言うと同時に扉にかかっていた鍵が外れた。


 入って来たのは……案の定、ティーアとエキャルだった。


 エキャルがぼくの顔面目掛けて飛んでくる。


「うぷ」


 視界は真っ赤で顔面にふかふか。


 そのまま両手で抱きしめる。


「は~癒される~……」


「また難題でも押し付けられたのか?」


 ティーアがさっきまで精霊神のいた椅子に座って聞いてくる。


「なんで来たの?」


「エキャルが呼びに来た」


 ぼくのもしゃくしゃに喜んでばっさばっさしているエキャルに触覚の満足を覚えながら、淡々と言うティーアを見ている。


「エキャルがアパルやサージュじゃなく俺を呼びに来たってところで、恐らくはあのの関係者だろうとアタリをつけた。来てみれば誰もお前の部屋に向かう廊下や部屋をよけて歩いている。そこで確信を持ったよ」


 正解です。


「ドアをノックしたけれど、何の反応もなし。ドアノブもがんとして動かない。人間業の封鎖じゃない。もしかしたらそのものの御来訪かと思ってな」


 ティーアは後ろから微かに湯気を立ち上らせるカップを出した。


「俺の出来ることなんざこれしかないが、まあ落ち着け」


「……ありがとう」


 何だかじんわり来て、ぼくはカップを受け取った。


 ぼくの好きなお茶、ぼくの好きな温かさ。


 口に含んで目を閉じると、疲れがゆっくりと癒えていく。


「はあ~……」


 大きなため息が一つ出て、そこでやっとぼくは現実が戻ってきた気がした。

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