第362話・精霊の痛み
(それともここで帰った方がいいのかな?)
金の炎のぼくは、ぼくが絶対に浮かべないような静かな笑みを浮かべていた。
「帰る気なんかないクセに」
(どうしてだね?)
「まず、この一件は既にぼくとお前が交わした『必要最低限』を超えている。いや、最低限どころか、最上限をぶち抜いてる」
(ふむ)
「次に、ぼくがお前の一割であること」
ぼくは炎の目のあるはずの部分を睨みつけて続ける。
「闇の精霊神が復活しているなら、お前は守りたいものを守るために勝たなければならない。だけどお前は何故か自分からぼくを切り離した。闇の精霊神と戦うのであれば、ぼくの存在はどうしても必要のはずだ」
(それは少し違うね)
精霊神は静かに首を振る。
(もう、今の君は私の力とはなり得ない)
「は?」
(何故、私が君を仔犬に変えて聖地に送り込んだのか忘れたかい?)
「ぼくを浄化するため?」
(そう。浄化……記憶も含めて完全に浄化しなければ、君を力として取り込むことが出来ない。そう言うことだ)
出来ればそうしたいという意思が伝わってくる。
「説明足りない」
(……かつて私の一部であったのに、私に痛みを与えられるまでに敵意を持っている君を、私の一部として取り込むことは可能だと思うかな?)
痛みを与える?
「あの、噛みついた時?」
ぼくが精霊神にダメージを与えたとしたら、仔犬の姿でグランディールに戻り、肉体を取り戻した時しかない。確かに大げさなほどにダメージは与えてたけど……どういう意味だ?
(精霊は基本的に物質では痛みを受けない。例え仮の肉体をまとっていたとしてもだ)
「ぼくが噛みついた時大騒ぎしてたじゃないか」
(精霊に痛みを与えられるのは、その精霊に対する敵意だけだ)
確かにあの時、ぼくは精霊神にすっごい敵意を持っていたけど。
(君の肉体に宿っていた時、一週間、少しも肉体を損なわなかったと思うかい?)
…………。
確かに、普通に生きていれば一週間、小さいケガもするだろう。
(事実、紙の
普通の怪我だったら痛みも感じない?
ぼくは精霊神がダメージを受けたのは噛みついたからだと思ってたけど……?
(仔犬の牙程度で揺らぐ肉体ではないことは、本来の持ち主である君が一番よく分かっているはずだろう)
そりゃあ、まあ、ね。子供の頃木登りしてたら枝が折れたり、崖から滑り降りようとして転げ落ちたり。小さい頃はそれなりにやんちゃでもあったしね? あんな仔犬の甘噛み程度でどうかなる肉体なんて思わない。
ただその肉体に宿っている精霊神が大騒ぎしたんで、痛みを味わったことがないから大騒ぎしたのかなと思っていたけど。
「ぼくが、叶うならぶっ殺してやりたいって思っていた敵意……殺意が、お前のダメージとして入ったってこと?」
(その通り)
精霊神は、恐らくはかなり渋い顔をしているんだろう。
(精霊を傷付けられれるのは、打撃ではない。その精霊への悪意のみ。あの時、その悪意があまりにも強すぎて、私が初めて感じる「痛み」となった。……無論、ただ人の悪意程度では痛みは感じない。が、君が私の一部であったこと、そしてあの時私を叶うならば滅してやりたいと願った願いの強さが私の抵抗力を打ち破って初めての「痛み」を与えた)
なるほどね。大げさな反応だと思っていたけど、掠ったナイフに猛毒が塗られていたようなものか。
(そこまでの悪意を向ける存在を、記憶や意思の浄化なしに取り込めると思うか? 無理だろう。人間に分かるように言えば、君は薬だ。私に力を取り戻す薬。だが強さと分量が大きすぎて、今の君は私にとって毒でしかない。この事態で一か八かで毒を取り込むほど私は冷静さを失ってはいない)
「噛みついた時めいっぱいパニクってたのにな」
(それは君を毒だと気付いてなかった私の間違いの結果だ)
精霊神は静かに告げた。
(私は一部である君を使って大陸を、そこにある町を、人を、すべてを、救おうと思った。だが君はそれを拒絶し、そして私に痛みを与えるまでに私に敵意を持った。だから、私は君を力として取り戻すことは出来ない)
「ふぅん? じゃあ何をしに、自分の失敗の痕跡残るこの部屋で、ぼくを待ち構えてたんだ?」
失敗……ぼくの与えた「痛み」で七転八倒した挙句、追い出されたこと。
(私の一部である君ではなく、この町の長である君に頼みたいことがあった)
精霊神は、微かに揺らぐ炎の身体で、それでも姿勢を整えたようだった。
(大陸の人間を救うため、力を貸してくれないだろうか)
大陸の人間を救うため、ね。
「それは、お前がぼくの身体を使ってこの町を
(あるとも。大いにね)
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