第361話・光と闇の炎

 ライテル町長と情報共有して、確認できたのは、闇の精霊神が少し力を取り戻してディーウェスを襲ったのがほぼ確定と言うこと。


「私が直に見に行ければ、確信を持てるのですが」


「でも、それはまずいでしょう」


 グランディール以外の町が空を飛べば確実にペテスタイと認識される。五百年行方不明だったペテスタイが現れれば、我も我もと見物人がやってくるだろう。空飛ぶ伝説の町のことを聞きたくて研究家が押しかけ、ペテスタイはあっという間に満杯になる。ペテスタイの人たちも質問攻めにあうだろう。


 精霊神に裏切られた人たちを好奇の視線にさらす気はぼくにはないし、ライテル町長もお断りだろう。質問攻めにされるために大陸に戻ってきたのじゃない。ただ人として生きて死にたいというささやかな願いを踏みにじることはしない。


「……このことはペテスタイの皆にも黙っていてくれませんか」


「承知しました」


 ライテル町長は理由も聞かず頷いた。


「ただ、ペテスタイの者たちは役に立つかもしれません」


 目を丸くしたぼくに、ライテル町長は無理矢理にではあるが微笑んで見せた。


「五百年、聖地と大神殿の行き来だけが我々の役目ではないと言ったでしょう。魔獣や凶獣の殲滅。つまり、闇を祓うことが出来るのですよ」


 !


 魔獣や凶獣、闇の生き物に対処する方法は一つしかない。


 倒す。ただそれだけ。


 しかも、目の前の獣は死ぬが、闇はその肉体から抜け出て大地に吸い込まれ、今度は別の生物を取り込む。そうやってじわじわと闇の生き物は増えてきたのだ。


 ……と、言うことは。


 聖地の凶獣の草むら人噛み蛇は、仔犬の力で倒せる程度だった。大陸では狩人が狩らなければ危険な凶獣だと言うのに。


 同種の凶獣で、聖地のそれが弱いのは。


「ペテスタイの人たちは……生き物に憑りついた闇を消滅させられる?」


「はい」


 ライテル町長は少し微笑んでいた。


「人間の肉体を失う瞬間に精霊神が直接魂に刻み込んだ能力。光の力をもって闇を浄化する。半精霊の肉体に宿っていた時と比べれば弱くなっているでしょうし、個人によっても力の大小はありますが、ある程度の魔獣凶獣であれば、闇を浄化してただの獣に戻すことは可能です」


 少し、希望が見えた気がした。


 そして、いやいや、と首を振る。


「ペテスタイの人たちをそんな危機にさらすわけには」


「そうですね。我々としてもペテスタイのことを知って乗り込んでくるような輩には知られたくありません」


 ちょっとライテル町長の笑みが黒くなる。


「ですが、グランディールの民の為ならば、ペテスタイの者たちは総力をもって事に当たると誓わせてもらいます」


 いやいや、誓わなくていい。いいですよライテル町長。


「まあ、そんなことがないのが一番ですがね」


「……そうですね」


 心臓を鷲掴わしづかみにされそうな話題を終え、ぼくは随分温くなったお茶を飲んだ。


「闇の精霊神が現在どうあるか、それが分かれば随分違ってくるのでしょうが」


「闇の精霊神を知るのは光の精霊神だけでしょう」


 そしてぼくもライテル町長も光の精霊神を心から必要として呼べるような純粋な信仰心は持ち合わせていない。


 光の精霊神は、現実の世界で、二度、ぼくと会っている。


 一度目はぼくの身体で町を好き放題している現場に乗り込んで大騒ぎした時。


 二度目はスピーア君大迷惑事件でスピーア君とアナイナの処分に悩んでいた時、スピーア君だけの処分を提案しに。


 二度目の訪問で感じたのが、精霊神、何か知らんがぼくがちょっと怖いらしい。


 仔犬の姿で噛みついたのがそんなショックだったんだろうか。


 犬に噛まれるなんて人間にとって珍しいことじゃないぞ。


 おまけにあいつはぼくの本体と言っていい九割分。なんで切り離した一割にそこまで怯えるのか。


 ……いや、そう言うことを考えてる暇はないんだった。


「我々が気付いたと知れば我々に協力を依頼してくる可能性もありますな」


「精霊神の考えていることはその一割のぼくにも理解できない。五百年拘束していた皆さんや立場を乗っ取ろうとしたぼくを再利用しようと考える可能性もありますね。……かーなーりー図々しい考え方ですけど」


 いやまったく、と頷き合い、ライテル町長には魔獣や凶獣に気を付けるように、そしてペテスタイの同朋以外に闇を祓えるところを見せたり聞かせたりしないようにと念押しした。


 グランディールも人が増えた。町長のぼくとしてはいい人ばかりと言いたいけれど、中にはスピーア君のようなろくでもないことを考えている人間もいる。精霊でもないのに闇を祓えることを他の人間に知られれば、どう利用されるか分からない。うん、これは、秘密にしとくべきだ。



     ◇     ◇     ◇



 グランディールに戻ってくる。途中でクイネやヴァリエが食糧を運び込んでいるのが見えたけど、気付かれないように建物の間に身を潜め、お料理教え班が材料と道具を持って歩いていくのをそっと見送る。


 ヴァリエ辺りに今の話を知られれば尾ひれに背びれに胸びれまでついて広まるの確定なので、会いたくなかったのだ。


 行列がぼくの造った食堂へ消えるのを確認して、ペテスタイからグランディールへ移動、真っ青な顔を気付かれないように会議堂へ戻る。


 そして、自分の部屋のドアを開ける。


 そこに、不法侵入者がいた。


 金色の炎。


 ぼくの姿を炎で作ればこうなるだろうと言う姿が、目の前にいた。


「……何の用だ」


(君が会いたいと思ったのだろう)


 そうですけどね……。


 こんなすぐに会いに来るとは思わなかったよ。


 光の精霊神。

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