第159話・目くらましイベント

「筋肉痛はいつごろ収まるか分かる?」


「二・三日は」


「さすがにそこまでここでくたばっているわけにはいかないよ……」


「動けるのか?」


 サージュの苦い顔。


「動くしかないだろ……よ……いでででで!」


 体を起こそうとしたら全身しびれた。マジか。きつい。


「その状態で動けるのか?」


「か……仮面……町長の仮面なら、人の目線があれば普通通りに行けるはず……」


「帰って仮面を外したら、全身びっきびきでその場に倒れるぞ」


「う」


「その挙句アナイナとヴァリエが全力ダッシュからの最強ハグしてくるぞ」


「……う」


「そしてゆっさゆっさ揺すられて全身強制動かされるぞ」


「……すいません、体がもう少しマシになるまでここにいていいですか」


「そのつもりで準備してある」


 さすがはサージュ、気が利く。だけど。


「スピティの住民には、なんて」


 他の町の町長がぶっ倒れて宿に担ぎ込まれて三日間経ってるなんて聞いたら、いらん噂が流れてるんじゃなかろうか。


「心配ない」


 サージュは窓を閉めた。


「グランディールとスピティの友情の証を形にする」


「……はい?」


「グランディールからシエルと陶器職人が来て、スピティの木工家具職人と一緒に、記念になるものを作っている」


「???」


「つまり、お前が倒れた直後に、グランディールへの興味は町長お前ではなく記念モニュメントに移っている」


「……随分スムーズに事が運んだね」


「記念モニュメントは元々シエルが持ってきた案だったが、町民にちょうどいい目くらましになるから、大々的に発表したんだ。みんな陶器の町と家具の町の合作に目を輝かせてる。町長の出番は完成後」


「なるほど……? つまり興味の対象を他に逸らしたってこと?」


「そういうこと」


 町長許可なしで行動に移したことが悪いって言われるんなら謝るが、と言われても、……どう考えてもサージュの判断のほうがいい。


「モニュメントの完成はいつ頃?」


「一週間……つまりあと三・四日後だ」


「それくらいなら、何とか治るかな」


「少なくとも完成の式典にはお前が要るからな、それまでに体治せ」


「最悪仮面使う」


「本当便利だなお前の仮面」


「頭の中で被るってイメージするだけで効果発揮するからね」


 ベッドに体重を預け、その衝撃で激痛が走るのに思わず呻く。


「……出来るだけ時間引き延ばしておく」


「お願い……します」



     ◇     ◇     ◇



 タイムリミットギリギリの三日後、やっとまともに動けるようになった。


 ギシギシもメリメリもなくベッドから起き上がれるようになって、スピティの湯処を借りて体を洗い、久しぶりにさっぱりする。


 そこにクイネが来てくれたので、ほぼ元の色に戻りかけていた髪と眼の色を変えてもらい、正装に着替えて、宿を出る。


「あの色は」


「グランディールの町長だ」


 スピティの町中を、会議堂に向かって歩くと、気付いたスピティ町民たちが手を振ってくる。


 ぼくは笑顔で手を振り返した。


「町長ー! エアヴァクセンの件ではありがとなー!」


「水路天井のヒントくれて感謝だー!」


「スピティといつまでも仲良くしてくれよー!」


「その内グランディールに呼んでくれよー!」


 好意の声に、ニッコニッコと笑顔を振りまく。


 サージュとアパルが無言でついてくる。


 ぼくの仕事はこういうところで笑顔を振りまくことでもある。後ろの二人は無表情で、それでぼくの笑顔を印象付ける役割もある。


 そう言えば顔面も筋肉痛だったんだよなあ。笑顔を作ろうとしても痛かった。そうか、顔にも筋肉あるよなあと何処かずれたことを考えていたのを思い出す。


 会議堂の近くで、シエルとアイゲン、そして陶器職人たちが待っていた。


「町長!」


「町長、良かった」


 御無事で……と続きそうな言葉を、誰かが飲み込んだ。


 後ろの二人のどちらかが合図したんだろう、ごっくんと空気ごと飲み込んで頷く。


 陶器職人はほぼ全員こちらに来ている。グランディールになってから陶器職人を始めたスキルなし組は、まだ経験不足でこういうところは任せられないけど、いずれ作るならと間近で制作現場を見ていたらしい。ぼくはベッドで唸っていたので知らなかったけど。


「町長のお望み通り、そしてスピティの方々の思う通りに仕上がったと思います」


 ぼくは笑顔で頷くけど、ぼくのお望み通りと言っても寝込んでたぼくには何の話も入ってきていない。アイディアはそれ以前からあったとしても、実質ぼくがスキル使い過ぎでぶっ倒れていたのを隠すためのイベントなんだから。


 会議堂の横すぐ傍、水汲み場の横にぼくより頭一つ大きいくらいの高さの何かに白い布が被さっていた。


 そこで待っていたフューラー町長と笑顔で握手を交わす。


 フューラー町長の目に物言いたげな何かを感じ取ったけど、それは後でも良さそうなので視線で頷いておいた。


「では、スピティとグランディールの友情を約し、二つの町が力を合わせて作った記念のお披露目です!」


 ばばっと、布がはがされた。

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