第158話・ご心配をおかけしました

「では、お願いがあります」


 ぼくは静かに言った。


「はい、何でも!」


「この水路天井は、グランディールを真似てフューラー町長が造ったものとしてください」


「は……?」


 涙でぐしゃぐしゃのフューラー町長、顔が固まっている。


「……知られたくないのですな」


 トラトーレの確認に、ぼくは頷いた。


「ええ。エアヴァクセン辺りにバレれば、何をねじ込んでくるか分からない。ですから、この水路天井は、グランディールをモデルにスピティが独自に作ったものとして頂きたいのです」


「……この功績は……クレー町長のもの……それを、捨てると……」


 呆然とした言葉に、ぼくは頷き返す。


「グランディールの町長がグランディール以外の町にスキルを使ったと聞けば、他の町が詰め寄ってくるでしょう。自分の町にも、と。それでは私が十人いても間に合いません。ですから、グランディールを参考に、クリエイト系のスキルの持ち主を集めて作ったのだと、そう言ってください。教えてくれと依頼された時はフューラ町長に任せます。恐らくは私の発動でコツを見たはずですから」


「よいのですか、それで。スピティを取り入れれば、そのままSランクを名乗ることも出来るのですよ」


「ここでスピティを併合すれば、他の町も警戒します。次は自分たちの町が併合されるのでは、と」


 サージュが無言で頷く。


「他の町と良好な関係を保つためにも、エアヴァクセンに余計な考えを抱かせないためにも、そういうことにして頂きたいのです。それ以外にグランディールが求めるものはありません」


「フューラー町長」


「町長、これは」


 デレカート氏とトラトーレ氏が、両脇から声をかける。


「名誉はいらぬと申しますか」


「名誉でも何でもありません」


 ぼくは静かに首を横に振った。


「ただ、皆が幸せで暮らせれば、それでいいのです」


「御立派ですな、その御年で、そこまで考えておられるとは」


 フューラー町長は感じ入ったように呟いたけど、これ町長の仮面が言わせたセリフだから。いやみんなが幸せで暮らせれば本当にそれでいいんだけど。


「では、ご希望通り手柄を引き受けます」


 フューラー町長はもう一度床に頭を擦り付けた。



     ◇     ◇     ◇



 エキャルラットが戻ってきたのは、三人が出て行ったのを確認して仮面を外したその直後。


 バサバサと顔面に飛びついてくるエキャルを受けとめる。


「エキャル、手が、手が痛い」


「手だけか?」


「全身痛い!」


 エキャルの勢いのままにベッドに仰向けに倒れ込む。


 体がぎっしぎし言ってる~! 痛い~! 


 あれだ、町長モードで耐えてたけど、その反動が来てる! 今!


 がっさがっさぎっしぎっし。全身痛い!


「エキャル、そこまで」


 サージュが手を伸ばしてエキャルを抱き上げる。


 バサバサ抵抗するエキャルに、お前の主はまだ本調子じゃないんだからと言い聞かせて、枕元に置いてくれる。すぐ横にはぼくの頭。


「封筒開けられるか?」


 腕を上げようとして、ビシッと痛みが走る。


「……無理です……」


 やれやれ、とサージュはエキャルに手を伸ばして封筒を取る。いつもならぼくが取らないと暴れるエキャルだけど、ぼくが取れる状態じゃないと分かってか、大人しく首をサージュに向かって伸ばした。


「ちなみに紙を持って視線を紙の上に向けることは」


「……出来ません……」


 肩を竦め、サージュは読み上げてくれた。


「お兄ちゃんへ。帰ってきたらお仕置きだからね。アナイナ」


「いきなり帰りたくなくなるのを言わないで」


「町長様。やはり私がお傍につくべきでした。ヴァリエ」


「…………」


 不穏なのは前二つだけで、あとは普通にぼくを心配した文章だった。


 良かった。


 早く元気になって帰って来い、手紙全体をざっくり読むとそういう意味だ。


「良かった……帰ってくるなって言われるかと……」


「言われるかもって自覚はあったんだな」


「グランディールの為に削るはずのぼくの寿命をスピティに削っちゃったから、スピティの方が大事なのかって言われる覚悟はしてた」


 エキャルが今度はほっぺの辺りにグリグリしてきた。


「エキャル、痛い」


「エキャルも心配だったんだ」


 手紙をたたんで、サージュが言った。


「枕元で、お前がうなされているのに何にもできないってしょんぼりしてたんだぞ」


「エキャル?」


 返事はグリグリ。


「ごめんなエキャル。心配ばっかかける飼い主で」


 グリグリ。


「意識が戻ったってことはスキルに振り回されないだけの精神力が戻ったってことだから、グランディールに帰ってもいいんだが」


「……動けないんですけど」


「医者やスキル学者が言うには、精神の暴走に肉体が引っ張られたんだ。お前は無意識に「まちづくり」でデカい精神力を使っているから精神力の復活は早かったけど、肉体はそうじゃない。肉体は普通の十五・六の少年のもので、鍛えてもいないから、全身疲労しているし、硬直したせいで筋肉も千切れて筋肉痛にしばらく悩まされると」


「……筋肉痛かこれ……」


「そう。無茶したんだから当然」


 サージュはベッド横の椅子に座った。


「スキルも人間の機能である以上、肉体も引っ張られて当然。無茶をすれば体も傷付いて当然。筋肉痛で済んだのが奇跡なんだと」

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