第157話・感謝

 体を動かすと、背中がギシッと言った。


「いたたた」


 全身バッキバキ。動かすと関節がバキボキ鳴る。


「身体が万遍まんべんなく痛い……」


「お湯と布をもらってくるか? その状態で湯処までは行けないだろ」


「湯処? やってんの?」


「やれるようにしたんだろうが、お前が」


 どうやら湯処や水汲み場にはちゃんと水が行っているらしい。


 良かった。


 でも、ベッドから出て、歩いて湯処まで行って、体を洗って、お湯に浸かる……?


 無理だな。うん、今は無理だ。足もちょっと動かすとズキズキビリビリする。


「お湯と布お願いします」


「よし」


 サージュが部屋を出て行く。


 右手に巻き付けた布を、何とか口で解こうと四苦八苦しているうちにサージュは宿の人と一緒にたらいに一杯のお湯と布と持って戻ってきた。


「ありがとう」


 宿の人はにこっと笑って部屋を出て行く。


「体を拭いたら、フューラー町長と両商会長が来るからな」


「え。なんで」


「そこでなんでと言えるお前がなんでだよ」


 少しは考えろと突っ込まれる。


「無茶な依頼に応じて作ってもらったはいいが、そのままぶっ倒れて三日間音沙汰なし。お前も心配だしグランディールも怖いし、三日間生きた心地はしてなかっただろ、あっちは」


「……申し訳ございません」


「町民は喜んでいるがな」


 水汲み場も湯処も水でいっぱい。たっぷり水を飲んで、家畜にも畑にも回せる。


 外から来る風は、微かに湿り気を帯びている。でも湿り過ぎにはならないんだろう。水路天井は町に必要なものしか通さない。鳥の鳴き声がほとんど聞こえないのは、鳥の空からの侵入を天井が阻んでいるからだろう。出入りするには鳥だろうと人だろうと門と認識されている場所を通らないといけない。


 もちろんそのことはサージュかアパルがスピティに伝えてくれているだろう。三日前、スキルを使った時の手応えからして、上手く行ったはずだ。行き過ぎてぶっ倒れたんだけど。


 サージュの手を借りて全身綺麗に拭いて、店の人が盥を持ってって、ぼくはギシギシ言う体をベッドに戻し、手をぐーぱーしてみると、力が全然入っていないことが分かった。


 こりゃ、しばらくはまともに動けないなあ。


 そこへノックの音がした。


「はい」


 咄嗟に心の中で町長の仮面を被る。


 途端、痛みすらやわらいだのだから大したもんだこの仮面。


「失礼」


 いつもなら胸を張って堂々と入ってくる顔が、不安でいっぱいって感じで三つ並んで入って来た。


「クレー町長……!」


「申し訳ない……!」


「我々の都合で……!」


 三人が土下座の勢いで体ごと頭を下げる。


「頭を上げてください」


 さっきまで体のギシギシで呻いていたとは思えない冷静な声が口から出る。


「しかし……!」


「私がすべて悪いのです、申し訳ない!」


 フューラー町長が床に這いつくばるように頭を下げた。


「グランディールの恵みが羨ましかった! 恵みがあればスピティはもっといい場所になるのにと思ってしまった! 自分でやれるかもしれないのに、その準備をしていたのに、クレー町長に任せっきりにして!」


 町長泣き出す一歩手前。


「自分が作らなければならないのに、クレー町長の善意に甘え、任せきり! その結果、クレー町長を三日も意識不明にしてしまって……!」


「私の都合もありましたので、お互い様ということで」


 うん、嘘は言ってない。ぼくのスキルで完成したグランディールの町スキルに近い恵みを、ぼくのスキルで造っていない町で試すことをそのうちしてみようと思ってたんだから。


「町民の方々の反応は如何ですか?」


「暑くない、涼しい、気持ちいいと町民は大喜びで……」


「ならばよかった」


 よくない、よくないとサージュが三人の後ろで首を横に振っている。


 正直、ぶっ倒れたわスキル発動しなかったわじゃ、ぼくもフューラー町長も両商会長も立場がなくなっていただろう。


「スピティはグランディールに大きな借りを作った」


 トラトーレ商会長が頭を垂れたまま呟く。


「一生などというものではない。町の終わりの時までスピティはグランディールに感謝しなければならない」


 デレカート商会長も神妙な表情だ。


「デレカートに聞いているとは思いますが、私はかつて金でグランディールの居場所を突き止めようとした……。なのに、どうしてここまで……」


「サージュやアパルから既に聞いていると思いますが、グランディールを一番最初に町として認めてくれたのがスピティだった。その御恩を返したかった。それだけです」


 淡々と答えると、フューラー町長の目にうるむものがあった。


「何でも言ってください、クレー町長。貴方はスピティに最大の恵みを与えてくれた」


 ほとんど這いつくばっているフューラー町長の、目から涙がぼったぼった。


「スピティを併合したいというのであれば、それでも構いません。クレー町長のこの町に対する功績はそれに値する」


 ぼくはチラリとサージュに視線を走らせる。


 サージュも視線を投げ返す。


 まあ、そうだよな。それしかないな。

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