第28話・町の決まり

「五十万テラ!」


 ヒロント長老の声がひっくり返った。


「本当に?」


「本当。二つだから百万テラ。……金額が大きすぎてぼくまだ実感わかない」


「そしてトラトーレの商会長さんが食糧商会に繋いでくれて、普通に買うほかに珍しい品をお試しでもらい放題」


「そしてデレカートから注文書が一枚、設計図が一枚」


 アパルが紙をひらひらさせる。


「二ヶ月後に作って渡せば、……いくらになるか想像がつかない」


「トラトーレとデレカートが取り合っただけで評判になるが、五十万テラって値段でもひっくり返る」


 ヴァローレが呟く。


「どんな具合に?」


 聞いたぼくにヴァローレが呆れた顔を見せた。


「新町長が動揺もせずに受け入れた、って言ってたけど、今わかった。単に分かってないだけだったんだな」


「アパルとサージュの演技指導が入ってたから」


 スピティの住民が二人で、残りが全員ぼくが町長になる前から知っている人間ばかりなので、自然言葉が砕ける。


「もうあとはぼろが出ないように必死で」


「だろうなあ。そこで町長が揺らいでたらできる契約も切られるからなあ」


「あんたの演技は良かったよ」


 ティーアが洗ったばかりで乾ききっていない髪を布で拭いながら言う。


「あんたが上手くやってくれなかったら、俺たちはあんたらから荷物を奪って逃げて、結果食糧がなくなったらまた適当な隊商を襲うしかなかったからな」


「そう言ってもらえると必死に演じた甲斐がある。本当」


「お兄ちゃん町長っぽかった?」


 アナイナが口をはさんでくる。


「町長っぽいかどうかは分からないが……見た目通りの子供ではなさそうだというのは分かった。ええと……アパルやサージュが、町長を立てているのが分かったし」


 アナイナ、ちょっと不機嫌。だからぼくが最大評価されるの期待して口に出すのやめて。


「印を持っているし盗賊だからと見下す風もないし……町長だとしても並みの町長ではないと思ったよ」


 まさか演技派だとは思わなかったが、と口を閉じるティーア。


「しかし町スキルとしてもこの服はすごい」


 ヴァローレが溜息をつく。


「「鑑定」したのか?」


綿コットンだ」


 ヴァローレがぼそりと呟いた。


「しかも最上級品」


「うわ」


 ティーアが思わず自分の服を見て、エアヴァクセン組が一斉にシエルを見た。


「それくらいいいだろ」


 シエル、開き直り。


「本当はシルクがよかったんだけど」


「町スキルで出し放題だからって素材は選べよ」


 ヴァダーが呆れたように呟いた。


「絹を普段使いにしてるなんてエアヴァクセンでもやってないぞ」


「それならエアヴァクセンに勝てるか」


「服だけ勝っても仕方ないだろ」


 ぼくが口をはさんだ。


町長ミアストが悔しがる町……服だけじゃインパクトは薄いよ」


「そうだなあ。すべての面においてエアヴァクセンを超えるなら、まだグランディールは家具以外では目立たないほうがいいな」


 残念そうにシエルが全員絹素材の服の町を諦める。


「で、と」


 エアヴァクセン組とスピティ組からそれぞれの名前とスキルと説明の書かれた紙を受け取って、今度感激にむせんだのはヒロント長老だった。


「「耕作」……「育成促進」……つまりどんな場所でもうねを作れて、他より早く収穫できる……儂の「豊作」と組み合わせれば……」


「ボクの「食獣」とティーアさんの「動物操作」、奥さんの「動物親睦」なら、肉には困らないな。そしてシートスさんの「食品保存」があれば、生えない冬だって腐る長雨だって困らない」


「兵士も一人出来たしな」


「ソルハート、張り切ってたぞ。自分の「戦闘」がまともなことに使えるって」


「ミュースもだな。力仕事は任せてくれって言ってたぞ」


「子供たちも初めて見る平らな地面で喜んでいた……んだが」


 ティーアがチラリとアナイナを見た。


「町長、の、ええと」


「クレー。クレー・マークン」


「クレー……殿じゃないな……様もな……」


「町の中だったら呼び捨てて全然かまわないから」


「ではクレー。この町に残留できる条件は?」


 条件。


 ふっと、まだ一ヶ月も経っていない、あの成人式と鑑定式を思い出す。


 そう、子供が二人もいるティーアが一番気にするであろうこと。


 この町に合わないスキルが発現してしまったら、子供たちが追い出されるかという問題。


「理想としては、スキルやそのレベルで人を選抜することはしたくない」


「……は?」


「異端とされる考えだけど、ぼくはスキルの優劣やレベルはその人本人の別の才能や性格とは関係ないと思ってる。……ううん、違うな。思い始めた、かな」


 そう、エアヴァクセンの森で初めて出会った町の外の人は、スキルとレベルだけで町を追い出されていたけれど、それぞれが役割を果たして町の外でも暮らせていた。


 スピティのみんなもそうだろう。


 スキルやレベルだけでなく、したいこと、やりたいことに何でも挑戦できる。


 それが、ぼくが本当に作りたい町。


 中で生まれた人も外から来た人も分け隔てなく受け入れ、みんなでみんなを守り合い、笑顔で過ごせる町。


「……だから、グランディールに残留条件は存在しないし、外から受け入れる条件も設定しない。……もちろん手癖が悪いのは困るけどね」


 その場にいたサージェ除く全員が苦笑した。だって、ぼく、アナイナ、サージュ、ファーレ以外、みんな盗賊なんだもん。

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