第381話・ウサ湯

 ぼくとシエルと大人がぞろぞろ連れ立って、ウサ湯に入る。


 子供たちがきゃあきゃあやってるのは向かって左側の男女脱衣所。ウサさんの絵や置き物がたくさんある。


「子供湯と大人湯、どっちから見る?」


「「「子供湯」」」


 そうね。自分の子が一人で入る湯だもんね。見ておきたいよね。


 子供湯の男湯に入ると、既に子供がきゃあきゃあやっている中に入る。


 淡いブルーをした壁には表情様々なたくさんの可愛らしいウサギの絵。ウサギの彫刻。ウサギの置物。これが……この絵が、彫刻が、置き物が、動くんですよ、お客さん!


 浮かれた子供が走り出そうとして……その目の前の床にウサギの絵がやってきた。そして口を開く。


『脱衣所や浴室で走ってはいけないよ。転んでケガをするからね』


「あっ、はーい。ごめんなさい」


 また走った。


『走ってはいけない。五回目だよ。ルールは守ろうね』


「はーい!」


 しかしやるなと言われてやりたくなるのが子供。服を脱いで素っ裸で走り……。


『六回目』


 その子がモフっと捕まった。


 捕まえたのは白いもふもふのウサぐるみ。


『六回破ったらダメだって、言ったよね?』


「えー。いいじゃん。走ったくらい!」


『走って転んでケガをしたらどうするの? 君一人じゃなく、他の子も巻き込んだらどうするの?』


 ウサぐるみは素早く子供に服を着せて、モフっと抱えると、見ていた大人の中の一人の所にやってきた。


『マナー違反六回です。脱衣所、浴室で走りました。注意をよろしくお願いします』


「ヴァイカス!」


 大人の一人……何度か飛び出して行こうとしていたご婦人の目がつり上がっている。


「湯処で走るなって何度言えば分かるんだい!」


「母ちゃん! ごご、ごめんなさい!」


「ごめんねえウサギさん、この子をもう一回入れるにはどうしたらいいんだい?」


『最初からやり直しです』


 ウサぐるみが一礼して言う。


『入る時から出る時まで、ちゃんとマナーや決まりを守れるか、そして子供たちの安全の為、わたしたちはしっかり見守ります』


「助かるわー」


 ご婦人はヴァイカス君のほっぺたを引っ張ってから、「もう一回チャレンジ!」と湯へやった。


 ウサぐるみがもう一礼して戻っていく。


「子供だけで入らせると何しでかすか、と思ってたけど、見張りがこれだけいて決まりを破った時だけ注意してくれて、度が過ぎた場合は親の所に戻してくれるのがありがたい」


「あのウサぐるみ、中身は?」


 聞いたぼくにシエルの答えは。


「んー。町スキルで出来たから、多分あの毛皮の下は綿? 奥の奥まで綿だよ。湯処の備品扱いだし」


「生ぬいぐるみなの?」


「うん。でも、だから抱えた子供が暴れてもケガはしない。破けても町スキルで直るし」


「なんて便利な物体だ」


「あのウサギたちがガキどもを教育的指導してくれんの?」


 指が土で汚れているから陶器職人と分かる男が、浴室の奥に消えるウサぐるみを指して言った。


「ああ。ウサで無理だって分かったら親の所か家に引き渡し」


 シエルが平然と答える。


「それが六回目か」


「最初は三回くらいにしようと思ったけど、ウサぐるみの出番が頻繁になるのもあれかなと思って」


 町を歩くウサぐるみが出ると思うけど、と言っておく。


「名物になるだろ」


「子供を運ぶウサぐるみ?」


「まあマナー違反した子供なんだが」


「それはそれで、暗くなった時子供の帰り道に安全だなあ」


「あ、なるほど」


 ぼくは手をポン、と叩いた。


「ウサぐるみ強制送還じゃなくても、普通に入る子にも湯処から家まで連れていく何かがあればいいんだ」


「何か?」


「ウサギの乗物とか?」


 それを聞いて、早速図面に起こすシエル。


 ふわふわなウサギの背中に乗る感じの車。十人は乗れる。


「これ作って、ここら辺に詳しい大人が一人ウサ車で近所と湯処回るってのは?」


「あ、いいねえ」


「詳しい大人って」


「儂がやろうか?」


 手を挙げたのは五十前半……大陸では老人と呼ばれる年代の、元陶器職人だった。


「ろくに働けんのに飯を貰っているのを申し訳なく思っていた。子供の送迎くらいならやれる。やろう」


「えっと、名前は?」


「セネクス。セネクス・クニークルス。ファヤンスの陶器工だったが、この間手の震えで引退してな。タダ飯食らいになるのが申し訳なかったところだ。この辺りの家族も把握している」


「セネクス、あんたはそんな心配しなくていいのに」


「ポトリー? ここにいたのか」


 元スピティ盗賊団の一人で、今はグランディール陶器の全責任を任せているポトリー・プレートが立っていた。


「なんでこんなところに?」


「一品物の陶器の注文が入ったけど夜だから直接届けようと。ああ、これが新しい湯処か」


 ほー、と感心の溜息。


「どうだ? ウサ湯」


「ウサギ感半端ねー」


 ポトリーが笑う。


「でもここらの子供って何か知らんがウサギ好きだから、喜ぶだろ」


「ああ、ファヤンスの近くの山に、ウサギがいて、子供のいい遊び相手になってくれたから」


 さっきヴァイカス君を叱っていたお母さんが頷いた。


「ファヤンスはそうだったんですか?」


「遊んでくれるしいざって時には食料になるしでありがたかったよお」


 ……世知辛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る