第380話・お叱りウサさん

 早速、グランディールに百はある湯処の改装案の設定が始まった。


 町民にも「こんな湯処あったらいいな教えてください」の目安箱を各地に設置して、湯処案を提出してもらい、百近い湯処のほとんどが新しい設備を追加することになった。


 ボードゲームが置かれていて他のお客さんと対決できる場所とか、運動場があって走ったり汗をかいてからお湯にどぼーん! できる湯とか、食堂がついていて家族で行ってそこで食べて帰るとか、まあたくさん。


 みんな、僕の作った単純な湯処に飽いてたんだな……。


 …………。


 いや。落ち込んでいても仕方ない。いい案が出たんなら取り入れるのがいい町長! よし頑張れぼく!


 ぱん! と頬を叩いて気合を入れる。


 この町、建物の増改築どころか新築でも一切お金はかからない。「まちづくり」スキルは、町に必要なものなら材料がなくても際限なく生み出す。


 ただ、それにはぼくだけじゃなくて、その近くに住んでいる人の望みも必要。望みが具体的ならより細かい建物が出来る。シエルがやらかすとディーウェスそこのけのとんでもない建物が出来る。


 出来上がったらぼくとシエルが二人で忙しくなる。


 改築の図面が決定した湯処の周囲に新湯処の図面を配って、「こんなにしますよー」と告知すると、みんなわいわいと図面を見て、「これも入れよう」「あれも入れよう」が始まる。シエルがやって来てそれをまとめて、更に書き直した案で全員が納得したところで早速改築開始。と言っても、集まったご近所さんたちに「望む湯処を祈ってね」と言うだけなんだけど。


 ぼくとシエルはそれだけじゃ終わらない。


 シエルはまだまだ入る雑念をいいのは取り込み悪いのは残念ながら切って、具体的にしてぼくの頭に流し込む。


 ぼくはそれを作り上げるだけのスキルを発動させる。スピティの時みたいにぶっ倒れることはあんまりないとは思うけど、力の出し過ぎは心にも体にもよくないのです。


 で、次の瞬間、パシッと何かが弾けるような音が聞こえて、そして歓声。


「うわあすごい!」


「すごいすごい!」


「きゃああ!」


 主に子供。


 うん、ここら辺両親が働いていて、昼間手伝いをしている子供が多いからね、子供の楽しめる設備や、子供だけでも安全な設備が望まれていた。


「入ろー!」


「みんなで入ろー!」


 早速子供が突進していく。


「あ、おい、ちょっと待って!」


 ぼくは慌てて止めようとする。


 湯処には湯処に入る決まりがある。体を洗ってからとか、飛び込んじゃダメだとか。子供だけじゃそのルールを守れるとは思わない特に新湯処じゃ!


「安心しろ、町長」


 追いかけるべきか親に任せるべきかと悩んでいる僕の肩を、シエルが叩いた。


「この俺がそんな抜けたことをするとでも?」


「?」


「きゃああ!」


「きゃーっ!」


 悲鳴……じゃないな。これも歓声だ。

 

 聞こえる声。


『お湯に飛び込んじゃいけないよ』


『服を着たまま入ってはいけないよ』


「怒られた!」


「怒られた!」


 きゃあきゃあはしゃぐ子供の声。


『今度やったら追い出すよ?』


『追い出されたら一人だよ?』


「はーい!」


「……何、あれ」


「お叱りウサさん」


 真面目な顔で答えるシエルの答えが酷い。


「……はい?」


「まあ、ここら辺の子供、何か知らんがウサギ好きみたいだから、その置き物とか絵とかあるんだけど。そいつらが喋るようにした」


「はい?」


「マナー違反を確認したら、忠告するんだ。やっちゃいけないよって。一入浴に付き五回ルールで、六回目指摘されたらウサギのぬいぐるみに連れられて家まで連れ出される」


「つまり、ウサぐるみに連れられて帰ってきた子はちゃんと風呂に入ってないってことで親のお叱りを受ける、と」


「もちろんそれだけじゃなくて、脱衣所の壁にも文字と絵で注意は書いてあるぞ? でも子供って言うこと聞かないだろ。じゃあマナーを言うから繰り返して覚えなーってこと」


「ああ、なるほどなるほど」


 大人が頷く。


「風呂に行けと言ってウサギに連れられて帰ってきたら、それはマナー違反を起こしたんだから責任もって叱れ、そう言うことだな?」


「ついでに言うと、マナー違反の内容も伝えてくれるからより具体的に叱れる」


「ありがたい」


 男が一人頷いた。多分湯処に飛び込んでいった子供の一人の親なんだろう。


「湯処のありがたさをうちのガキは知らなくてなー」


 ファヤンス出身らしき男。


「いつでも湯に入れるってことがどんなに素晴らしくて豪華で贅沢か、ぜんっぜんわかってないんだよ。でもこの湯ならウサギチャレンジって一人で行かせることも出来るし、マナーもちゃんと教えてもらえるし。ただなあ」


「何か問題?」


「ウサギの絵や飾りや置き物があるのはいいんだが、俺みたいな大人の男はちょっとなあ……ガキと一緒ならともかく、仕事終わりのひとっ風呂には向いてないって言うか」


「ああそれなら」


 シエルが当たり前のように言う。


「ちゃんと大人用浴室も作ってあるぞ? 子供も入れるけど、大人と一緒かマナー違反なし入浴連続五回で入れる湯が」

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