第668話・子供の泣き方

「で、私に一週間スラートキーの副町長代理をしろと」


 アパルは半困りの顔で言った。


「え。でも、あたくし、イェルペがいないと……」


 カノム町長も絶望顔で言う。


「一週間いないだけですよ?」


「物心ついた時から一緒でしたのよ」


「だから、少し離れたほうがいいと思うんです」


 カノム町長、今にも泣き出しそう。


「クレー町長、あなたがイェルペに何か……」


「町長として、副町長として、必要だと思ったからですよ」


 ぼくは営業用スマイルで言った。


「例えば祭りなどで町長が誘われた時、呼ばれていない副町長は普通ついて行きませんよね」


 ちょっと痛い顔をするカノム町長。そうだな、多分二人とも何も悩まずに一緒に行ってたな。グランディールと取引するか否かを判断するために来た時だって、副町長だけでいいのに町長ついてきて、結局町長の意見が通ってスラートキーとグランディールの付き合いは始まったんだ。


「あたくし、イェルペがいないと、何をしていいか……」


 カノム町長の丸い目が涙をためてうるうるしてる。


「あ~……」


 アパルはこれで全てを察したんだろう。


「確かに、一週間だけでも離れたほうがいいかなこれは」


「アパル殿! あたくし、イェルペが助言してくれなければ何も……!」


「何も出来ないって、例えば何が」


「いつ起きたらいいかも、ご飯何を食べたらいいかも、何から仕事を始めていいかも、どの書類にいつ印を押せばいいかも……」


 ぼくは思わずイェルペ副町長を見る。副町長は難しい顔で頷いた。


「分かった。分かりました。クレー町長、エキャルをお借りしても?」


「うん、ぼくが頼んだことだから」


 テイヒゥルの背中に座っていたエキャルが反応して首を伸ばす。


「サージュに連絡します。一週間私がいなくてもいいか。まあ今は差し迫った懸案もないし訪客予定もないし問題はないでしょう。一週間、私がカノム町長のサポートをします」


 手紙を書きながら、アパルは冷静に言う。


「イェルペ、ダメよね、イェルペがいないと、この町」


「一週間ですから我慢してください」


 いつもの鉄面皮でイェルペ副町長は言った。


「わたくしはスラートキーの為に、グランディールの政を勉強してきます」


「だったらあたくしも」


「町長までいなくなったら、スラートキーの責任者がいなくなるじゃありませんか」


 固い顔で副町長は告げる。


「いい齢した大人なんですから、わたくしがいない一週間くらい経験してください。せっかくグランディールの頭脳のアパル殿が滞在して政のやり方を教えてくださると言うのに」


「う……でも、それなら、イェルペと一緒に……」


「わたくしはグランディールのサージュ殿に、町長のお役に立てるやり方を学んで参ります」


「カノム町長」


 アパルが苦笑しながら口を挟んで来た。


「副町長。……まあグランディールには二人いますけど、町長の副町長の違いは何か分かりますか?」


「え?」


 潤んだ目できょとんとするカノム町長。


「町長は町の最高責任者、政のトップ。副町長は町長を補佐する。この補佐というのは、町長不在時に業務を遂行することもあります。リーダーはあくまで町長。副町長はサポートです。そのサポーターにご飯何食べるかまで補佐……と言うか判断を求めるとは、少々リーダーとしての責任とか自覚とかそう言うものが足りないんじゃないかと町民に思われてもおかしくはありません」


「あ……じゃあ最近、町の皆さんが、あたくしのことを少し冷たい目で見ているのは……」


「そう言うことでしょうね」


 しゅーんとしてしまったカノム町長。


 イェルペ副町長が何か言おうとしたけれど、ぼくが片手でそれを止める。


 今、言うのはダメなのだ。


 実は冷たい目を向けられているのはカノム町長じゃなくてイェルペ副町長で、町で好かれている町長にいつもべったりでそのくせ冷淡でお世辞も言わず町民の話もろくに聞かない副町長なのになんで町長の傍にいるんだ、という視線を向けられている、と知ってはならない。


 そうするとカノム町長は町民のことを嫌いになってしまう。


 カノム町長は町長なのに町民より副町長のことが大事なのだと知られてしまえば、大陸崩壊以前にスラートキーは瓦解する。


「よし出来た。町長、これをエキャルに」


「はいはい」


 カノム町長が覗き込もうとするより早く紙を丸めてぼくにパスするアパル。キャッチしてテイヒゥルの背中で準備万端なエキャルの封筒に、流れるように印を押して紙を入れてエキャルを窓の外に出すぼく。すかさず飛んで行ったエキャル。


「ああ、ああ、ああ……」


 小さくなっていく緋色を見ながら「ああ」を繰り返すカノム町長。


「あの、イェルペ副町長」


 ぼくは小声で訊いた。


「御二人って何歳でしたっけ」


「カノムが今年で三十五、わたくしが三十六です」


 三十……。


「……今の様子を見ていてわかりました」


 囁く声でイェルペ副町長。


「カノムのためにも、わたくしは少し、離れたほうがいいと」


「うん、イェルペ副町長がそう思って下さって、良かった」


 テイヒゥルにもたれかかってしくしく泣いているカノム町長。うん、三十半ば……ってか成人がこんな泣き方してたらいけないわ。「自分は悲しいんだからイェルペ慰めてー」って全身で訴えてる。子供だよこれ。


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