第102話・将来の為に
「料理?」
小首を傾げるアナイナに、クイネは太い声で笑う。
「自分みたいに食堂を始めるというのもあるし、何処かへ嫁に行くか婿をもらうかにしても美味い料理が出来るとそれだけで立場は上になるぞ。それに、町長も喜ぶ」
「なんでお兄ちゃんが喜ぶの?」
「町長の仕事はほとんど会議堂だろう?」
うん、と頷くアナイナに、クイネは笑いながら続ける。
「食堂まで来れないからヴァリエが出前してるわけだが」
チラッとクイネはヴァリエを見る。さっきの接客態度で散々叱られたヴァリエがふくれっ面で立っている。
「あんたが町長の好物を作って持っていったら、町長は喜ぶだろうし役にも立つ」
ふくれっ面がどんどん進行しているヴァリエと、目のキラキラが倍増しになっているアナイナ。おーい。
「そっか! わたしがお料理作れれば、お兄ちゃんが食堂まで行かなくて家に帰ってきてくれることにもなるんだ!」
エキャルが目をすがめてアナイナを見ている。
「そっか、そっか。お兄ちゃんと一緒にご飯食べれるし、お兄ちゃんに差し入れって持ってくことも出来るんだ!」
何か嫌な予感がしなくもないのだけれど、アナイナが目的を持ったならいいことだ。
「店長!」
ついにヴァリエが口を挟んできた。
「私には料理を教えてくれないのに、どうしてアナイナには教えるのですか!」
「あんたは人の話を聞かない」
「え?」
「
「し、してます!」
「あれをしていますと言うなら、自分は相当教えるのが下手なようだ」
……ヴァリエは料理が下手……と言うわけじゃないなあ。この分だと。本当に何も聞かず自分の感覚だけで料理を作って、料理が料理じゃないものになっていくんだろうなあ……。
「町長、アナイナは料理は?」
「お母さんにも教わってたし、学問所でも基礎は学んでいるから出来ないってことはない、はず」
料理とか、学問所の勉強とか、一度上手くなると決めたアナイナは、かなりの集中力を発揮するし、ヴァリエより人の話を聞くという能力は上……な筈。
「なら、やる気さえあれば上手くなるだろう。どうだ?」
「やる! じゃない、やります! 教えてください
知らないことを教えてくれる人を尊敬し、学ぶという姿勢は学問所の時からあった。そしてクイネを師匠と認めたからには、一生懸命勉強する。
確かにアナイナが料理上手になったら、食堂をもう一個増やしてもいいし、食堂をする気がなくてもクイネの代わりに料理を教えることが出来るようになる。
豆を摘まんでエキャルに差し出しながら、ぼくは考える。
今までアナイナがぼくについてきたのは、実は他にやることがなかったからじゃないだろうか。気楽に話せるのがぼくしかいないってのもあったかもしれない。だったら学問所と勉強が始まったら、ぼくにかまってアピールすることも少なくなるかも。
「じゃあクイネ、アナイナ任せていいかな」
「ああ、引き受けた。ただ、やる気のない所を見せたら自分は引き留める自信はない」
「大丈夫。アナイナはやると決めたらちゃんとやる子だから」
アナイナは満面の笑みを浮かべ、ヴァリエはすごい顔になっていて、エキャルはぼくの手から豆を食べている。
「ご馳走様」
「こんな料理作れるようになったら、お兄ちゃん、嬉しい?」
「嬉しい」
即答すると嬉しそうなアナイナ。
「じゃあ頑張って料理勉強する!」
家に帰る。
エキャルがぼくの頭の上で、ぼくの家までついてくるつもりだろう。
……ヴァリエはなんでついてくるんだ?
「ヴァリエ、家に帰るんじゃないのか」
「わたくしは町長をお守りするために」
「そのお守りするのいらないって言わなかった?」
ぐ、とヴァリエは息を飲む。
「わ、わたくしも料理を覚えます! 美味しい料理を作って」
「出前はヴァリエの仕事だろ。仕事はきちんとしてくれ」
しゅん、と肩を落として方向を変えて去っていくヴァリエを見て、ちょっと可哀そうかなと思ったけど、ヴァリエの仕事は町にも必要なものなので、料理の勉強とやらを優先されると出前が出来なくなり、困る人も出て来るし。だから、あえて何も言わず見送った。
◇ ◇ ◇
それから数日後に、学問所が動き出した。
二十人近くいる未成年に、町の決まりと、将来を見据えた勉強と、やらなければならないことを教える。
アナイナが一番年上だな。あと半年で成人だから。
最初はケンナリ先生とチチェル先生が教えて、専門的な方向に向かったら町の専門職に頼んで教えてもらうことにする。
スキルがどうなっても町にいられるという説明を受けた子供たちは大喜び。お菓子を作りたい家畜の面倒見たい畑仕事がしたいと子供たちはウキウキワクワク。
うん、成人式が近付くにつれて胃痛に悩まされたり頭痛で倒れたり情緒不安定になったりしていたエアヴァクセンより、こっちの方が未来に希望があっていいよね。
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