第288話・悩み中です

 ……でも。


 エキャルが来たからってぼくが帰れるとは思えない。


 エキャルよりは小さいけど、それでも普通の仔犬より少し大きめのサイズのぼく。しかも生き物。伝令鳥一羽で運べるとは思えない。


 かと言って補助のためにと宣伝鳥とかを飛ばすことは出来ない。さすがに鳥飼のティーアが宣伝鳥を飛ばすのには町長の許可が必要で、ティーアが精霊神あいつに許可を頼みに行っても出るとは思えない……よなあ。


 でも、ティーアに何とかぼくの無事を知らせたい。


 エキャルが帰ったらぼくが何処かにいると気付いてくれるだろうか。


 どうにか……何とか……。


 エキャルがひょいっと首を伸ばして地面に何かを置いた。


 紙。


 文字は書けないけど……。


 ぼくは地面の柔らかくなっている所に右の前足をグリグリと押し付けて、紙にべたっと押し付けた。


 そして、それをくわえてエキャルに突き出した。


 ティーアなら。


 動物好きなティーアなら、この足型とそれをエキャルが持ち帰ったことで、ぼくがどういう状況にあるか、勘付いてくれるかもしれない。


 エキャルは嘴と足で器用に紙をくるくるっと丸めると、胸を張って翼を広げる。


 そうして、緋色の翼を広げ、空の彼方に消えていった。



     ◇     ◇     ◇



 エキャルは、来てくれた。


 だけど、ぼくが帰れるとは限らない。


 エキャルは遠距離移動の鳥で、ぼくは仔犬。速度も体力も持久力もエキャルにはるかに劣る。とても後を追って走っていくのは無理だ。


 せめて成犬だったなら。


 そうすれば、エキャルに低い場所を飛んでもらって後を追いかけて日没荒野を渡ることが……出来……出来……。


 出来ないなあ。


 うん、ぼくは変な夢は見ない。現実を見るだけだ。


 やってみなきゃわからないって人もいるだろうけど、これは分かる。やらなくても分かる。エキャルは多分空の高い所を飛んできた。


 空の彼方は太陽があるから暑いだろうと思う人もいるけれど、実は違う。気温を守護する精霊は地上近くにいるので、地上を離れれば離れるほど気温は下がる。伝令鳥や宣伝鳥の羽毛の豊かさは、それに耐える為にもある。


 太陽の照り返しの強い地上すれすれを、ぼくの速度に合わせて飛ぶのはエキャルにも負担極大。荒野のどこかでエキャルと共倒れになるだけだ。


 とりあえず、ぼくが遠く離れた場所ではあるけれど、姿も違うけど、生きていると言うことは伝えられるはずだ。それを伝えられるだけでも違う。


 問題はこの後。


 ティーアがぼくの生存を知れば、ぼくを連れ戻そうとするだろう。


 もし、それが精霊神あいつに知られたら?


 ティーアをエキャルごと追放するか。


 いや、それはたぶんないと思う。


 ティーアは町でただ一人の鳥飼。取り換えが効かない。二十羽の宣伝鳥の面倒を見られる人は今のグランディールにはいない。他の町から引き抜くなり精霊神がスキルを与えるなりして連れて来るにも時間がかかる。精霊神自らが面倒を見るなら別だろうけど、グランディールを完全に把握するまでは、精霊神は町長の仕事から離れられない。


 その間に二十羽がどうなるか保証はできない。


 宣伝鳥たちにがあったら、きっと……いや、絶対に鳥の町フォーゲルが食いつく。


 フォーゲルは鳥に関しては超一流。アッキピテル町長や業者のパサレさん、ぼくを信頼してエキャルや二十羽の宣伝鳥を譲ってくれたあのひとたちが、黙って見過ごすはずがない。今は友好関係にある町だけど、鳥に何かあれば牙を剥くのがあの町だ。そうして、精霊神が下手を打てば、そこから町長が入れ替わっている尻尾を掴まれる可能性だってある。


 グランディールを第二のスペランツァにしたい精霊神としては、余計な敵は増やしたくないはず。それが避けられるものであればなおさらに。


 ただ、ティーア本人に何か仕掛けて来ることはあり得る。


 精霊神は大陸を、木々を、獣を、人を、作り出した存在。それぞれの生き物に精霊の守護を与えた存在。人間一人、精神をいじるのだって大したことないはずだ。


 ティーアに何かあったら、奥さんのフレディや二人の子供が泣く。


 精霊神は人間と大陸を慈しんでいる、という。


 それは間違っていない。


 ただ、精霊神の慈しみには、順位がある。


 第一は自分と対の闇の精霊神が初めて共に作った大陸。


 その大陸が闇に染まるだけでなく崩壊するのを避けたくて、精霊神はぼくの身体を使って、精霊や精霊小神に任せた大陸に、今、直接手を出している。それを邪魔するなら、人間の一人や二人、排除することを躊躇ためらいはしないだろう。現に、露骨に刃向かったヤツの一割であるぼくですら、手出しできない所に放り出したんだ。疑いを持った鳥飼一人、伝令鳥一羽、ちょいといじることくらい簡単だ。


 そうやってティーアとエキャルを何とかすれば、今のところグランディールに不穏分子はなくなる。


 精霊神がクレーであることを疑うことはないだろう。


 ……エキャルとティーアなら。あの二人なら、きっと、精霊神に気取られないように動いてくれるはず。


 エキャルは多分町長の中身に気付いている。エキャルが警戒すれば、ティーアもその理由を察してくれるだろう。


 少なくとも、いきなり偽町長に「あんたは誰だ」なんて聞くことはないはず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る