第289話・ぼくの目論見

 エキャルがグランディールに戻るのはいつだろう。


 伝令鳥は大陸の端から端までの距離を一日で飛びきる。エキャルが偽町長に気付いて、ティーアがすぐエキャルを飛ばしたなら、約二日で辿り着いたことになる。


 エキャルが聖地までを二日で来たのは、空を飛んだからか。それともスキルの力か。


 今ならわかるけど、動物にスキルが宿るのは人間のスキルの源である闇の精霊神の力に、人間の傍に居て影響された結果。


 でも、だからこそ……闇の精霊神が単体で作った能力スキルを持つ生き物だからこそ、ヤツを出し抜けた。闇の精霊神の力を制御するために、光の精霊神は自分の気に入った人間や、目覚めるスキルが邪悪過ぎて干渉しないと悪い結果を及ぼす場合に「聖職者」というスキルを送り込んだが、伝令鳥にはそれがない。飼い主の居場所を正確に把握するという能力で、本来なら精霊神の許可なくして入れないはずの聖地に、ヤツがいない隙をついたとは言えその影響下に入り込んで、ぼくのところに辿り着いた。


 もしヤツが気付いていれば、絶対にぼくとエキャルが接触することを回避しようとするはず。そして、会ったことを知ったら絶対にエキャルをとっ捕まえてぼくの前に引き連れてくる。


 ヤツは、ぼくに希望を与えない。


 聖地の豊かさを見せて、大陸との差を見せて、自力では戻れないという事実を見せつけて、ヤツの強大さに全てを諦めてヤツの浄化を受け入れる心境にすること。それがヤツの……精霊神の考えだ。


 だから、一度生身のエキャルと会ったら、出られるという希望が現れる。希望が出てきたら、浄化なんて受けようって気にはならない。意地でも出る方法を探す。


 だって、現実に出入りできることが証明されたんだから。


 今は無理でも、条件が整えば。


 精霊神の束縛を解除して、自分の姿を変えるか。


 二本足か、四本足か。翼を得るか。


 あるいは、何か乗物を作るか。


 地を走る車か、空を飛ぶ乗用鳥のような何かか。


 チャレンジし続ければ、その条件を満たすことは出来るはず。伝令鳥エキャルラットに出来て、精霊神の一割を継いでいるぼくに出来ないはずがない。力の使い方に今はまだ慣れていないけれど、一割でも思うように使えるようになれば。


 聖地を抜け出すことくらいできるはず!


 自信を持てぼく! 絶対に出来ると思え、じゃない、確信しろ! 確実にできるのだと、疑うことなく信じるんだ!


「ペルロー?」


 遠くからマトカさんの声が聞こえて来た。


「おやつにするから戻ってらっしゃい?」


「わふ!」


 如何にも呼ばれたから来ましたよ! みたいな感じで。


 養ってくれてるイコゲニア一家には申し訳ない気もするけど、ぼくはこの聖地を出るのを第一目標にしなければ。


 多分……世話になっときながらこんなこと考えてゴメンなさいだけど……イコゲニア一家はぼくの監視役だ。


 まあ……ぼくだけの監視役じゃないんだろうけど。


 ぼくの考えが正しいなら、このイコゲニア一家は恐らくは聖地に辿り着いた人間を歓待して、そいつを見極めるお役目だ。


 いくら日没荒野を越えたからって、その人が心正しい精霊神に認められる好人物だとは限らない。事実、日没荒野に踏み入った死の巡礼者の中には、後に分かったことだけど大神殿にあると言われている財宝を目指した、冒険者か神殿荒らしか分からない人種がいたと言い、そいつらもまた、帰ってきたという報告はない。そう言うのに限って体力お化けだったりするから、間違って荒野を突破してもおかしくはない。


 そんな彼らを出迎えるのがこの一家の仕事なら、恐らくは巡礼者を見定め、聖地の奥に案内するかどうかを決める役目を負っているだろう。


 そして、その一家の前にぼくをすっ飛ばしたと言うことは。


 多分、聖地に飛ばしはしたけど、聖地を自由に歩き回らせる気はないってことだろうな。出入りする方法は探させないってことで。


 精霊神とか言うけど、やることなすこと姑息こそくだなあ。


 でも、その言葉は回り回って盛大に自分に向くと分かったのでそれ以上考えないことにする。


 何も考えてない仔犬ですよ風態度を取りながら家に駆けこむ。


「あんまり家から離れるんじゃないわよ? いくらここが精霊神様の御加護があるとは言っても、凶暴な獣も時々出るんだからね?」


「わふ」


 尻尾を振って分かりましたアピール。とりあえず四六時中監視下に置かれたわけじゃなさそ……いや、違うな。


「ペルロと遊ぶのあたしー!」


「ぼくー!」


「はいはい、おやつが済んでからね。あんたたちがプラムを切ってる間に作ったプラムケーキ」


「「わーい!」」


 ああ、そうだよな。子供って小動物好きよな。遊んでくれる動物はもっと好きだよな。


 この子たちがいれば、昼間はほぼ完璧に監視下だ。


 覚えたてのブラッシングをされながら、ぼくは考える。


 夜だ。


 ぼくが何かするなら、夜しかない。


 猟師のパテルさんが帰ってきて、食事して、寝る。家族が寝てから朝日が昇りかける時まで。ぼくに与えられた時間は、それだけ。


 その時間を積み重ねて、聖地脱出を目指す!


 よし。なら、昼間は仔犬らしく振舞わねば。


 子供たちにもマトカさんにもパテルさんにも気付かれないように。


 ケーキの端っこを食べながら、ぼくはまず何をするかを考えていた。

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