第290話・訓練の時間です

 夕暮れ時にパテルさんが獲物と共に帰ってきて夕食終わって陽が暮れて、今日散々遊んだ子供たちはあっという間に夢の中。


 遊びに付き合ったぼくは体力ヤバいけどね!


 マトカさんとパテルさんは獲物の解体を終わらせて、ちょっとお酒を飲んでから部屋に行こうとして。


「ペルロはどうしようかしら」


「ドアを開けられるようにしておけばいいんじゃないか?」


 欠伸をしながらパテルさん。


「昨日だってそれで大丈夫だったろ?」


「そうねえ、何処か行っちゃうような子じゃないし」


 はい。少なくともきちんと力が使えるようになって、自分の意思で聖地を行き来できるようになるまでは、三食付きのこの家は出ません。でないとのたれ死ぬからぼく。


「じゃあ、ドアはここまで開くようにしておくから。用を足すときはお外でね?」


 さすがは聖地、泥棒とか盗賊とかって連中はいないか、いても追い出されるかするんだなあ。


「おやすみなさい」


 ぼくの水を取り替えて、夫婦も部屋へ行く。


 しばらくそのまま待って、聴覚に意識を集中する。


 犬になって鋭くなった嗅覚と聴覚が、ドアの向こうの気配を伺う。


 定期的な寝息になったのを確認して、そっとドアの隙間から外へ出た。



     ◇     ◇     ◇



 さて、精霊神の力は、どうすれば使えるのか。


 ぼくが精霊神の一割として目覚めたのは、今のところ部分的な知識と、相手の頭の中に言葉を贈る「お告げ」くらい。これで本体と張り合うにはちょっと無理がある。


 精霊神にあるのは、からを生み出す力。


 マトカさんの語った、聖地で語り継がれる昔話は、正確な創世神話。


 光と闇が交わって、無の空間に有が出来た。大地、水を作り、動植物を作り、人間を作った。


 そして、力。


 世界に満ちている形ない力を持つ意識が「精霊」であり、その中でも大きな力を持つのが「精霊小神」であり、それらの上に立つのが、二柱の精霊神。それ以前の世界は、精霊神自身にも分からない。


 精霊神は精霊や小神を操ることが出来、その精霊がもつ力を自分の創造物に与えることが出来る。鳥に空飛ぶ力を、魚に水中で息をする力を。


 そして、人間には精霊神そのものの力である「知恵」を。


 人間には闇の精霊神から、精霊の力「スキル」も与えられたから、二重取りみたいで光の精霊神は気に入ってない。


 だけど、与えた物を取り戻せるのは与えた存在ものだけ。


 そして、闇の精霊神が力の残滓ざんしを残して消えたから、光の精霊神はもう人間からスキルを取り上げることが出来ない。極端なスキルを覚醒する前に無理やり上書きする程度だ。


 しかも気に入った人間を聖職者にするのに比べて、極端なスキルの上書きは力をひどく使う。


 さて、どうしよう。


 身体が変わって、犬としての能力は何となく把握できているけど、精霊神の力を試すことはなかった。あ、違った、精霊を目視することは出来た。わやわやする気配を感じ取ることが出来た。人間は絶対に感じ取れない精霊の気配。それを何となく分かった。


 つまり、ぼくの内にある精霊神の力は目覚めかけている。


 んー、でも、精霊神の力をどうやってぼくの思い通りに使えばいいのか。


 無から有を造り出す力。そんなもん、イメージできませんって。


 ん……いや?


 ぼく、からを造り出したことあるじゃん。


 「まちづくり」のスキルで。


 無から、町を。


 ぼくのスキルは多分光の精霊神が作り出してぼくに付与されたもの。ていうか歴代伝説の町の「まちづくり」スキル関係は、確実に光の精霊神が選んだ魂に与えた物。


 「まち」を作ることを教えたのは光の精霊神。多分、これまでも大陸が揺らぐたびに精霊神は「まちスキル」を大陸に送り込んで、伝説の町を作らせて、それを見習わせて方向修正させてたんだ。


 ぼくもその一人。精霊神の力と意識を分け与えられた、理想の町を造って大陸の崩壊を防ぎとめるための一手。


 それが何でか逆らったものだから、精霊神は御自ら御出座おでましになられました、と。


 ああ、いや、そうじゃない。


 ぼくは、間違いなく精霊神の力の一部のスキルで無から有を具現化したことがある。


 最初は半分無意識だったけど、犬になる直前くらいだったら、かなり具体的に思い描いたものを……神殿を創った。


 なら……出来るはず。


 スキルを使うと意識した時のように……。


 …………。


 ……あ。


 何を創るかを考えてなかった。


 ダメじゃん、肝心のものを思い浮かべなきゃ。


 じゃあ、何を?


 う~ん……。


 町……は創っちゃダメだよな。建物とか。


 一番作り慣れてて想像も創造もしやすいだろうけど、聖地にいきなり建物が出来たら、みんな驚く。精霊神にもすぐ伝わる。そして今度こそ無理矢理浄化されて、ぼくという自我は消えてしまう。


 じゃあ、何ならいいんだ?


 この聖地にあってもおかしくないもの。いくつあっても不思議じゃなくて、誰も困らないもの。


 そして、ぼくにも役立つものがいい。


 役に立たないものをやたら増やしても意味ないし。


 うーん……。


 ……あ。


 あるものを思いつき、ぼくは試してみることにした。


 具体的に想像しやすいもの。形も能力もよく分かってる。それを生み出す……。


 生み出す……。


 生み出す!

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