第237話・聖女と言う役割
「……本当に、聖女が出来るのかい? アナイナ」
真剣に聞いたぼくに、アナイナはいつものように笑う。
「出来るよお」
……不安しかない。
「それに、これならお兄ちゃんの役に立てるし!」
そう。聖女がいる町は、精霊神に守られているのと同じほどの恩恵がある。豊かに実り、肉は絶えず、争い事もなく。聖職者であると同時に豊かな暮らしのシンボルでもあるのだ。
だけど、聖女がいる町は、高ランクの町でもたった二つ。エアヴァクセンにだっていない。確か今現在の聖女は、Sランクの町サントに一人、SSランクの町ハイリガーに一人。そんな感じだった気がする。
サントもハイリガーも遠く離れて、交流もない町だけど、その豊かさと安全さ、平和さは大陸の反対側にまで伝わってきている。
聖女と言うのは、町にそれをもたらす精霊神の化身のような存在……なんだけど。
「ぼくの役に立つって言うんなら、それだけで喜んでるんなら……聖女になんてならないほうがいい」
「……え」
ぼくが一緒に喜んでくれると思っていたんだろう、アナイナは唖然とした顔でこっちを見る。
「聖女は、神殿から出られない」
西の民は聖職者になることが憧れで、聖職者の仕事も役割もそのための覚悟もよく知っているけれど、アナイナは聖職者の仕事を全く知らない。知らないで、聖職者の最上級であるスキル「聖女」を手に入れたことで浮かれている。
スキルを手に入れてしまったならもう後戻りはできないけれど、それでもアナイナにこれからの覚悟をしてもらうために、ぼくは言葉を続ける。
「聖女だけじゃなく、聖職者のほとんどは神殿から出られないけどね。でも聖女は特に清浄であることが基本だから、家族であろうと神殿内であろうと会うことは許されない」
アナイナの顔がだんだん青ざめていく。
「もちろん、ぼくにもだ。神殿に入って普通に会えるのは聖職者だけ。聖女のお前は手紙すら出せない」
「そっ、んなっ」
「お前は聖女なら町から追い出されない、だからぼくの役に立てると思っていたようだけど、逆だ。聖女だから町……いいや、神殿から一歩も出られない、出してもらえない。……聖女って言うのはそういうスキルだ。ぼくとは違う意味で町に囚われるスキルなんだよ。そして、受け取ってしまったら、もう替えられない」
「~~~~~~~~~っ!」
「それとも、聖女辞めるか?」
え、とアナイナは顔をあげる。
「グランディールはスキルで仕事を決めない町だ。……お前が嫌だと言うのなら、スキルの力を使わないと言うのなら、聖職者スキルで他の職に就いてもぼくは文句は言わない」
「町長!」
マーリチク、ヴァチカ、ラガッツォが抗議の声をあげる。
そうだよね、聖職者になりたくて、その覚悟もすべて乗り越えて鑑定式に挑んだ君たちだもんね。君たちに対して、ぼくは酷いことを言っているかも知れない。
でも……!
「ただ、生半可ではないスキルは、並大抵の覚悟では受け取れない。それを、お前はいつも通り、「わたしだったらできる」と言う根拠のない自信で受け入れようとしていた。だけど、聖女って言う聖職者は本当に、自分を捨てて一生涯を町に尽くす大変な仕事なんだ」
「アナイナちゃん……」
「アナイナ……」
ヴァチカがアナイナの肩を抱き、マーリチクとラガッツォが二人を挟んで立つ。
「聖女のスキルを持っていれば、どの町からも狙われるだろう。お前が神殿にいなければ、グランディールはお前に二十四時間監視をつけて、聖女を欲しがる町から来る刺客を追い払い続けなければならない。神殿にいるにしろ、聖女にならないにしろ、お前の行動でグランディールは大変なことになる」
「…………!」
「自分が聖職者に向くかどうか……一生涯をかけて町に尽くせるか。宴会の間は考えられるだろう。……よく考えろ」
「お……にいちゃ……」
ぼくはアパルと一緒に、宴会会場に変わりつつある広場に向かって行った。
「
新成人の声が聞こえなくなった時点で、アパルが小声で聞いてくる。
「いいのかい? あんなことを言って」
「ああ……聖職者のスキルを持っても聖職者になる必要はないって言ったこと?」
頷くアパルに、ぼくは苦く笑った。
「町是と常識の綱引き」
「……確かに、いずれ聖職者が出たら考えようとスルーしていた問題ではあるけれど」
うん。スキル即職になる聖職者は、グランディールではこれまでグレーゾーンだった。神殿が出来て、いずれ聖職者スキルが……と考えていたけど、最初の新成人四人が四人とも聖職者だという事態は起こるとは誰も予想してなかった。
「ただ、アナイナが何も知らずに聖女になったら、町もアナイナも大混乱になってしまうことが確実だからね。それだけじゃなく、何の目的もなく神殿を抜け出して町をふらついてみろ。どれだけ町民を「法律」で縛っても、聖女狙いの草がどれだけ生えるか分からない。草刈りが間に合わず、アナイナがさらわれる可能性だってある」
「……確かに、アナイナなら神殿から逃げ出すなんてやりかねないね」
「そう。だから釘じゃなくて杭を刺したんだ。神殿で大人しくしているか、町で見張られるか。どっちかしか道はないって」
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