第236話・聖職者

「アナイナ・マークン!」


 その声にアナイナが立ち上がる。


 ちょっと引きつった、でも人好きのする笑顔で、上席、親族席、一般席に頭を下げ、ヴァローレの前に膝をついて目を伏せる。


 ヴァローレがその額に手を触れる。


『アナイナ・マークン』


 次の表示に、会場は静まり返った。


『スキル/聖女』


 もちろん上席も凍り付く。


『レベル1/上限レベル1Max』


 誰もが呼吸を忘れたような静まり返り方。


 もちろんぼくも絶句。


 全員の視線の先で、にっこりとアナイナはぼくに向かって笑ってみんなの元へ戻った。


 いや、アナイナ、聖女って何か分かってる?


 大神官の女性バージョン、精霊神に祈って奇跡を起こす聖職者。


 だけど、大神官以上に数がいない。それは、大神官は神殿と町を繋ぐな役職なのに対して、聖女は神殿で祈り、願い、町の平穏と安定を約束するな役職であるから。


 聖女が一人いれば、町は三代続くと言われるほど強力なスキルなのだ。


 そのスキルを上限レベル1……ぼくと同じ、最強低上限で持ってるって、アナイナ、自分のことだって分かってる? もしかしてグランディール残留の理由がついたって思ってるだけじゃないだろうな?


 平然としているように見せかけて大混乱しているぼくの目の前で、何かが動いた。


 ザフト町長。


 西の神聖なる町の町長が、立ち上がって、拍手を送っていた。


 アッキピテル町長が続いて立ち、フューラー町長も立ち上がって拍手を送る。


 そして、一斉に会場が沸いた。


「グランディール万歳!」


「精霊神の御加護あれ!」


 怒号のような歓声。


 拍手、拍手、拍手。


 ぼくも拍手しながら、考えていた。


 もしかしてだけど。


 神殿が出来たから、精霊神は聖職スキルを送ったんじゃ?


 いや、そんなことはないな。それだったらあっちこっちで立派過ぎる神殿が作られる。


 四人中三人が間違いなく高位聖職者、一人も多分聖職者。しかも全員低上限。


 ……ファクトゥムさんがこれを見たら何て言うんだろう。ずっと前に亡くなった人だけど、機会があったら聞きたいと思うほどには、彼の言葉は当たっていた。


 どよめきが収まってきて、興奮の後の虚脱感が漂い始めた時を外さず、進行役のアパルが声をあげた。


「では、これから町の鑑定を行います」


 はっと我に返った観客たちが壇上を見る。


 四人の新成人が引っ込んで、スピティから来てもらった鑑定士が出てきた。


「スピティの鑑定士、ディテク・アウトサイト殿に鑑定をしていただきます」


 それぞれの席に礼をして、スピティで名高い鑑定士の老人はゆっくりと表示板の前に出た。


 そして、膝を折り曲げて地面に手を伸ばす。


 全員が表示板を見た。


『グランディール』


 パッと字が浮かぶ。


『ランク/S』


 グランディールの町民席から、爆発するような歓声が起こった。


 そりゃあそうだよ、神殿が出来てだよ? 大神官がいてだよ? 聖女までいてだよ? 三ランク飛ばしのS……そりゃあ爆発するだろ!


 逆を言えば、大神官と聖女が揃ってなんでSSじゃないんだってこともあるだろうけど、それはまだ町としては整いきってないってことだろう。Cランクが一年未満でSランクにまで到達することがまさに奇跡。


 グランディール町民は、拳を振り上げ、歓声を上げ続け、ぼくはフューラー町長、アッキピテル町長、ザフト町長と固い握手を交わした。




「馬鹿な……馬鹿な!」


 何を怒鳴っても自分の耳にさえ聞こえない大歓声の中、ミアストの血を吐くような叫びも掻き消されていた。


「何故……S……大神官……聖女……!」


 モルにもその声は聞こえないが、言いたいことは十二分に伝わっていた。


 エアヴァクセンに同化して、ようやくSSに辿り着けるはずの町が。


 一回目の成人式で四人全員がとんでもないスキルを叩き出し。


 そして町自体も一年も経っていないのにSランクにまで上昇した。


 エアヴァクセンの助けなく!


 ミアストの血を吐くような怒号を見ながら、モルも怒りを感じていた。


 聖女となったアナイナは、間違いなくエアヴァクセンの仮住人だった。


 つまり、聖女はエアヴァクセンのものになるはずだったのに!


 ミアストはひとしきり叫ぶと、唐突にニヤリと笑って、大歓声の中からモルを連れて出て行ってしまった。



     ◇     ◇     ◇



「じゃあ、説明を始めるな」


 神殿の中、歓声も怒号も聞こえない場所で、ぼく、ヴァローレ、アパル。そして新成人の四人が集まっていた。


 今から話すのは、ヴァローレのスキルで分かった新成人のスキルの詳しい説明だ。


「マーリチク」


「はいっ」


 ヴァローレがマーリチクを見る。


「スキル「守護者」は、神殿の守り手として全責任を負う聖職者。神殿内で何処で誰がいて何をしているかを判別し、神殿を守る奇跡を起こせる」


「僕……この神殿を守る人なんですか?」


「ああ」


 ぱあっと笑顔が広がる。


「ヴァチカ」


「はい」


「スキル「癒し手」は、触れることによって傷や病をいやす聖職者。レベルが高い程、失った体の一部を再生させたり心の痛みを癒すことも出来る」


 きゃあっと声をあげて、ヴァチカがアナイナに飛びついた。しばらく女子同士できゃいきゃいしてたけど、アパルに言われてようやく離れた。


「ラガッツォ」


「おう!」


「スキル「大神官」は、精霊神の声を聞き、神殿と民と町を繋ぎ、町がつつがなく運営するようにする聖職者。神殿の最高権力者にして、町にも発言権がある」


「おれっ、おれっ、すげえ! 何で? おれが大神官やっていいのか?」


「アナイナ」


「はいっ」


「スキル「聖女」は、精霊神の力を身の内に持ち、通常の人間には起こせない奇跡を起こし、町を守る聖職者。大神官と同等の発言権を持つ」


「……はいっ」


 アナイナのニッコリ笑顔が怖いよお兄ちゃんは。

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