第238話・祝福篤い町

「クレー町長? 顔色が悪いようだが……」


 戻ってきたぼくを見て、フューラー町長が不思議そうに聞いてきた。


「……いえ、少々疲れが出たようです」


 ぼくは町長の仮面を被り、苦笑を作る。


「そうでしょうな、昨日のスピティの成人式から、寝る時間以外はほぼ成人式の準備に費やされたのでしょうから、お疲れにもなるでしょう」


「しし、しかし、しゅ守護者に癒し手に大神官に聖女とは! ヴァヴァ、ヴァラカイの記録にも、ここんな揃うことはありませんでしたぞ」


 ザフト町長がつっかえつっかえしながら言う。


「「新しき町」だけでなく、「祝福されし町」と言う二つ名もつけられそうだ」


 アッキピテル町長が感心したように言葉を漏らした。


「精霊神の祝福篤い町として、これからも親交を深めたく思う」


「ええ、グランディール、スピティ、フォーゲル、ヴァラカイは友情で結ばれていますよ」


 笑顔で応えながらも、心の中のぼくは苦り切っていた。


 ……精霊神の祝福篤い町?


 ぼくには嫌がらせにしか思えない。


 アナイナの泣きそうな顔が脳裏に浮かぶ。


 聖女……それは町としてはありがたい。町の平和と繁栄を約束されたようなものだ。


 け、ど。


 よりによって、アナイナかよ……!


 どんなに精霊神への信仰を持っていない若者でも、聖職者のスキルを受け取ると敬虔な使徒になるという。


 だけど、その説は申し訳ないけど信じられない。


 町で……いや十六年生きてきて見てきた中で、一番自由奔放で好き放題してきたアナイナが、大人しく神殿の中で精霊神のお告げを待って祈っていられるとは思えない。


 ぼくが何も言わなくても最初は大人しく神殿に居るだろう。


 だけど、それがいつまでもつか。


 聖女と接触できるのは基本大神官だけだ。大神官がいない場合は他の聖職者がその役割を務めるけど、それ以外はアウト。聖職者以外の人間が近付くと、聖女の清浄がけがれるのだという。神殿から一歩出ることすら許されない。


 一年に一度、神月の十五日。精霊神の祭りのクライマックス、炎の大浄化の時だけ。町中に松明が並べられ、浄化の炎で清められた中で、聖女は町民の前に現われ、炎の前で町と精霊神に捧げる舞を舞って、町のすべてを清め、町のすべてに祝福を与える。


 外に出て来るのは本当にその時だけ。


 あとは親だろうと兄だろうと町長だろうと、接触は許されない。手紙ですら、内容を確認されて浄化されてからでないと聖女の手には渡らない。


 町から切り離されてるのに、ただ町の為に祈るためだけにある。それが聖女。


 アナイナがそんなのに耐えられるのか?



「町長……クレー町長?」


「はい」


 考え事に耽っていても、町長の仮面は反応してくれる。


「我が町からグランディールに行きたいという、スピーアをどうしますか?」


 ああ、それもあったっけ……。


 アナイナの爆弾スキルで吹っ飛んでましたよ!



「グランディール町長殿、僕をグランディールに!」


 キラッキラした目でこっちを見るスピーア君。


「その前に聞こう。君はどうしてグランディールに来たいと思ったのかを」


 ぼくの後ろにはヴァローレ。


 どうにもスピーア君が気になるのだと言ったら、ヴァローレは宴会前なら見れると言い、鑑定士の服から一般町民の服に着替えて帽子を深くかぶって気付かれないようにスキルを発動させている。眼の色は恐らく金だろう。


「僕は、初めてグランディールがスピティに来た時から、空飛ぶ町に憧れてたんです。僕の最初の憧れは「空飛ぶ町」ぺテスタイ」


 ……空飛ぶ町って、ロマンだもんね。


「だから、グランディールが町長殿をお迎えにやってきた時、僕の胸は高鳴りました! ああ、あれが僕の夢の町、僕の夢が形になった町だと!」


 うん、キラキラ度が倍増しになった。


「僕のスキルなら、会話鳥がなくても僕の知っている人に言葉を伝え、受け取ることが出来る! 今なら、スピティ、フォーゲル、ヴァラカイの各町長と直通で会話が出来ます! 四町を繋げることが出来るんです!」


「君の覚悟は分かった。だけど、この一件は私の一存で決められることではないので、宴会の終わりまで待ってはもらえないだろうか。その間にグランディールで話し合いを終える」


「よろしくっ、お願いしますっ!」


 スピーア君、九十度に腰を曲げたまま、背中を向けるぼくを見送った。



 宴会客のような顔をしてその場を見ていたヴァローレが、ぼくが来たのと別通路で神殿の中に入ってくる。


 すっと身を隠せる緞帳の影に入る。


 少しして、ヴァローレが帽子を脱いで入って来た。


 アパルとサージュもバラバラに入ってくる。


「どう?」


 小声でのぼくの問いに、ヴァローレは元の色に戻った眼を見せて言った。


「問題は、何もない」


 意外な結果が出た。


「本当?」


「うん。怪しい所はなかった。三代前からスピティの住人で、兄がスピティの成人として在住している。スキルも「遠話」。それ以外に怪しい所はない、と思う」


 ない、と言い切らない所に、ヴァローレの慎重さがある。ヴァローレは低上限スキルだけど、敵わないスキルがある。


 スキルに対抗するスキル。


 低上限は色んなことを出来るけど、対抗するレベルの高いスキルには対抗できない。


 でも今のところ、ヴァローレに対抗できる高上限レベルはないし……。


「スピーア君を受け入れよう」


 ぼくは言った。


「でも、しばらくは見守っててね」


 アパルとサージュ、ヴァローレが頷くのを見て、懸案が一つ片付いたとホッとする。


 そしてもう一つの懸案がデカいことを思い出し、気が重くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る