第354話・反省か時間超過か

「甘いって何が?」


 噛みつくように返すヴァチカに、ラガッツォは困ったもんだという顔をする。


「聖女っていうのは精霊神に仕える人間の中で最もランクが高いんだぜ? 言ってみれば精霊神に仕える人間がみんな見本としなきゃならない存在。それがおきて破りまくって町を出て他の町へ行こうとした。人は基本、町に根を置いて暮らせっていう精霊神の教えに真っ向から反したことになる」


「う……」


 口ごもるヴァチカにラガッツォがさらに畳みかける。


「やっちゃいけないことをやっちゃいけない人がやった。それは罰しないと、も決まりも意味がなくなる。聖職者のおれたちは、一番それを守らなきゃいけない立場なんだ。そのトップにいるアナイナが罰を受けなきゃ、精霊神はひいきしているって思われる。人間を平等に見なきゃいけない精霊神が、自分の代理人として置いている聖女に罰を与えなきゃ、精霊神は誰にも信じられなくなる」


 うん、ラガッツォの言う通り。


 ぼくが危惧していたことを、全部言い当ててる。


 ぼく個人的に精霊神は嫌いなんだけど、精霊神の作った「まち」は、いいものだって言える。


 人間同士の争いから滅びかけた「くに」と比べれば、各々決められた以上の武力を持たず、精霊神の「」で縛られ、相争うことが厳しく禁じられている。そのおかげで「いくさ」が起こらないのだ。


「アナイナやスピーア君の処分が甘いものになったら各地で「いくさ」が起こるっていうなら、……ぼくも覚悟を決めるしか、ないだろ」


 精霊神が聖女連れ去り犯を石に変えて罰したなら、のこのことそれについて行った聖女も誰ともコミュニケーションを取れない罰を……体は動くけど、誰にも話を聞いてもらえないのは同じだ……受けて当然だろう。


 むしろまだ甘い方だ。心底反省すれば許されるだなんて。


 世の中には心底後悔して反省しても許されずにいる人間が何人いるか。


 精霊神にエアヴァクセンという町の長の座を奪われたミアストなんか、心底反省して同じ過ちを繰り返さないと誓っても、二度と町長の座には戻れないしエアヴァクセンに戻ることも出来ないだろう。


 反省すれば解除される、反省しきらなくても半年もてば許される罰なんだから、自分たちはまだ甘やかされていると思えよな、二人とも。


 でも、未だにアナイナの部屋の扉が現れる気配もなければ、スピーア君の石化が解けた気配もない。つまり、反省しきってないってことで。


「反省解除か、タイムオーバー解除か、どっちが来ると思う?」


 ぼくの問いに、ラガッツォは半目で天井の辺りを見上げて、言った。


「……タイムオーバーの可能性が高いかも」


 うん、アナイナの性格知ってりゃそうなるよな。


 自分が正しいって思いきっているアナイナが唯一反省するのがぼくの怒り。でもここまで静かに怒ったのは初めてなんで、アナイナはまだぼくが本気で怒っていると思ってない可能性がある。


 だって、感じるんだもんな。


 アナイナが今この時も絆の糸を手繰って、ぼくに意識を向けさせようとしてるの。


 ぼくが心底怒ってると知るまでどれくらいかかるか。


 とにかくそれまではアナイナとはコミュニケーション取らないし、ぼくの気配も感じさせない。ぼくは怒ってます。本気です! お説教の時も思ったけど、お兄ちゃんだったら最終的に折れてくれると甘く見てますが! 反省の度合いによっては半年超えても知りません!


「アナイナとお喋りできないんだ……」


 ヴァチカが寂しそうに言う。


 ……まあ、同じ年だし、同じ聖職者スキル持ちだし、住んでいるのも同じ神殿の中だし、あとはラガッツォとマーリチク……一人は双子の兄で、一人は幼馴染で気心は知れているけれど、男。


 やっぱり女の子には女友達がいるのかなあ。


 でも女友達がいるからって悪いことをしないってわけじゃないのもまた真理。


「神殿出る許可は与えてるんだから、外に出れば?」


「神殿を出ると、みんなひれ伏すの」


 ヴァチカはちょっと嫌そうに言った。


「そうする大体は西出身なんだけどね。でも、友達とかって感じじゃないね。あたしと一つ線引いているって言うか」


「会議堂の辺りまでくれば西出身も少ないだろ」


「行こうと思うとついてくんの。あたしの護衛だって言って」


「アナイナはそんな護衛ついてなかったけど」


「あの子は秘密の道を知ってんの」


 町創立の時からいるから当然だけどね、とヴァチカ。


「護衛をいて、しれっといなくなって、好きな場所に行っちゃう。でもあたしたちが後を追おうとすると護衛に捕まっちゃう」


「いや、本当は護衛を撒いちゃいけないだろアナイナのヤツ。町長より立場が上かもしれない存在が、町の中とは言え護衛なしなんてやっちゃダメだろ」


「やっぱりそう思う?」


 頷くぼくに、ラガッツォとマーリチクもうんうんと頷く。


 やりたい放題自由人。それがアナイナ。やりたいと思ったらもうどうにも止められない。スピーア君に「僕と一緒にスピティ行かない?」と言われてのこのこついていくお馬鹿さん。

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