第162話・一番になりたい男
スヴァーラはモルに頷いて、町長室の何も飾っていない真っ白な壁に手を当てる。
スヴァーラのスキル「
そのスヴァーラが投影したのは、スピティの斜め上からの景色だった。
「……何……?」
町の中心から水が一筋吹きあがり、真ん中から放射線状に流れて行く。そこから枝分かれして、水汲み場や畑や湯処に流れ込んでいる。
以前スピティのフューラー町長はこう言っていた。
水量は十分に作れる。だが、それをどう廻せば不平等ではないのか、文句が出ないのか、そもそも水路が作り辛い町なので、困っていると。
この空の水路は、それを全て解決している。
「これが……グランディールのスキル技術だと……?」
空から水を流せば、複雑な水路を考える必要もない。たっぷりの水量が何処から何処までも平等に流れている。
「はい……グランディールから人を呼んで、そのコツを教えたとか……それが上手く行って、空からの侵入者も過度な雨も熱波も防げるようになり……」
モルは絞り出すような声で告げた。
「スピティはグランディールと永遠の友情と信頼を誓う彫像を中心の水汲み場の傍に据えたそうです……!」
「くそっ!」
ミアストは立ち上がって、取り替えたばかりの椅子を蹴り飛ばした。
元々作りが甘かった椅子はバラバラになる。
スピティから取り寄せた椅子は五回ほど蹴らないとひびどころか歪みも入らなかったのに。
エアヴァクセンの職人に作らせた家具は地味で弱くて
腹が立って、壊れた椅子の残骸を踏みつける。踏んで、踏んで、バラバラになるまで踏む。
「何故だ、何故だ、何故だ!」
続いては絶叫だった。
「何故グランディールはそれをスピティに教えた! 教えるならば生まれ育ったこのエアヴァクセンだろうが! そのようなスキル技術はSSランクに相応しいだろうが! 恩知らずのクソガキが!」
ミアストが叫んでいる間、モルは浴びたお茶を拭きもせず小さくなり、スヴァーラはその後ろに隠れていた。
ハーッ、ハーッと肩で息をして、そして小刻みに震えている。
ミアストの激怒を恐れている二人は、ミアストの震えが収まるまで、
はあっと最後に大きく吐き出して、ようやくミアストは気を静めたようだ――それがほんの一時的なものとしても。
「空を行く水路に相応しい町は何処だ?」
「エアヴァクセンです」
モルとスヴァーラは即答した。
「そのエアヴァクセンを裏切った挙句、相応しい水路を独占している町は?」
「グランディールです」
次も即答。
「その町と手を組んでエアヴァクセンを裏切る町は?」
「スピティです」
これまた即答。
「よく分かっているな。では何故にスピティやグランディールを陥れる活動をしなかった?」
しまった、とモルの動揺が一瞬目の辺りに出た。その目をミアストは睨みつける。
「何故だ! あの
「申し訳ありません! 水を得たスピティの民衆が喜び……
「スピティの
ギリギリと歯を食いしばる音まで聞こえるようだ。
ミアストの怒りは理不尽である。
ミアストが水路天井に拘るのは、新しいスキル技術、そして派手な外見で、それこそがSSランクに相応しいのだと思っているからである。
ミアストが欲しがっているのは見栄えだけ。そして「自分の町が一番」という新し物好きの目立ちたがりというだけのこと。
欲しいなら、今からでも手に入るのだ。
グランディールのスキルがスピティで再現可能だったなら、そのやり方を聞くなり何なりしてエアヴァクセンが模倣することも当然可能なのだ。
ついでに言うと、エアヴァクセンは水に困っていない。
定期的に雨が降り、町の外の畑も水汲み場も潤っている。湯処は誰もが入れるわけじゃないけど、それは水が少ないからではない。単に薪をケチって、生活水準の高い人間を優先的にしているだけだ。
スピティに潜入していたスヴァーラは、分かっている。
グランディールの持つスキル技術が欲しいなら、素直に頭を下げればいいだけの話なのだと。
スピティはグランディール町長に頭を下げて、水路天井を得た。スピティには恩義があるとはいえ、一度何処かが教わったスキル技術を模倣するのは、SSランクの町であれば難しくはない。
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