第415話・精霊の宿った肉体

 ハッとスヴァーラさんが目を見開いた。


「ワタシ……は……」


「大丈夫?」


「大丈夫……ちょっと頭がクラクラしてるけど……」


 肉体を支配され、心を片隅に追いやられていた後遺症がこの程度で済んで本当に良かった。支配した側がよっぽど大事にしてないと心を潰される。本当にがスヴァーラさんを気に入っていてよかった。


「とりあえず横になって。体の負担が半端ないはずだから」


 それまでドアの前で仁王立ちしていたティーアに視線を向けると、スヴァーラさんを立ち上がらせる手伝いをしてくれた。触れたその手が汗でびっしょりなのが分かる。無理もないよ、大陸を滅ぼそうとしている神性の傍で、いつ力をふるわれるか分からない状況に置かれてたんだから。本当に、ゴメン。そしてありがとう、ティーア。


 ティーアとぼくでぼくのベッドに横にさせると、エキャルがようやく膨らむのをやめて、テイヒゥルがふんふん、とスヴァーラさんの匂いを嗅いでいる。もう大丈夫だから安心しろ。


 ぼくは外の水路から直接流れ込んでいる流しから、客用のコップに水を入れて、振り向く。


「水、飲める?」


「いただき、ます……」


 半身を起こした、その肩に、それまで怯えてエキャルの傍に隠れていたオルニスが飛び乗った。


「あれは……精霊神……だったのですか……?」


「闇のな」


 全部説明しないとスヴァーラさんは不安に囚われて動けなくなってしまうだろう。ぼくはさっきまでスヴァーラさんの体にいたのが、精霊神の対で大陸から追い出され、大陸を破壊するために戻ってきた闇の精霊神なのだと説明した。


「そう……なんですか?」


 不思議そうな顔をするスヴァーラさん。


「? どうしたの? 具合悪い?」


「いいえ……今まで接していた存在と、町長からお聞きした存在とギャップが大きくて……」


「ギャップ?」


 スヴァーラさんはこくりと頷いた。


「私の中にいた……闇の精霊神は、オヴォツを焼き尽くしたという恐ろしい存在からはかけ離れていました」


「どんな風に?」


「ワタシの心が壊れないように気も使ってくれていましたし、怯えているオルニスに手出しもしないどころか怯えられているのを知ってそれでもちゃんと餌なんかの面倒を見てくれていました。そんな存在が……大陸を沈めようとするでしょうか」


 確かに……。初めて接したフォンセ、からは、破壊の化身のような凶悪さは全然感じなかった。少し脅すようなところがあっても冗談めかしていた。明るいのやペテスタイの民が言っていたような恐怖はなかった。全くの別存在のような……。


「でも、とにかくスヴァーラさんが無事でよかった」


「全くだ」


 ほっと息を吐くぼくら二人。


 精霊神……じゃなくても精霊は、自分の意思を伝えるために人間に乗り移ることがある。それ自体は精霊の人間へと親しみとして喜ばれることなんだが、問題は乗り移られる方の精神だ。精霊は人間より意思が強く、肉体に与える影響も大きいため、精霊が去った後も人間の精神が肉体への影響を取り戻せず、肉体がいわゆるになることがある。人間側はそれを「精神が肉体を抜けて精霊になった」と喜ぶ。が、実際には精神は肉体に宿ったまま、肉体を操れず状態になっていて、精神はそのまま外界に影響を与えられず発狂してそれすらも気付かれず肉体の死を待つしかなくなる。


 時にはその肉体は「精霊の降臨の場」と呼ばれる。精霊に気に入られて、そして肉体に宿るのに邪魔になる精神の影響がない肉体に様々な精霊が降りてきて不思議な力をふるうから。人間はそれをありがたがって肉体を長生きさせる。本来の精神がその形すらもなくしていると知らず。「降臨の場」がある町は精霊の加護が篤い町と言われるけど、実際は相当な残酷物語なんだよなあ。


 小さな精霊ですら人間の精神と肉体を切り離してしまうのだから、精霊神に宿られたなんて精神が潰されてもおかしくないのに、スヴァーラさんがここまで無事だったのは、スヴァーラさんが言う様にフォンセが相当気を使って肉体を操っていたとしか思えない。


 これは、肉体だけでなく精神の有様までをも精霊側が気に入って大切に扱う……それも精神を完全に温存しつつ、肉体と精神の繋がりを切り離さないようにという離れ業を使わないと無理な話。


 できるからこそ精霊神なんだろうけどね。


「それよりクレー」


 ティーアが水を飲むスヴァーラさんの手伝いをしながら心配顔でこっちを見る。


「本当に……いやフォンセをもてなす気か?」


「だって、あそこまで頼み込まれたらするしかないだろ」


「グランディールに何をするかもわからないんだぞ?」


「んー、それは大丈夫なような気がする」


 ちょっと天井を見上げてから、椅子に座って、ぼくは頷いた。


「だって、フォンセ、本気で言ってたから。本気でこの町で歓迎されたいって思ってたから」


「本気で……人間の町で歓待されたいって?」


 ぼくはもう一度頷く。

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