第416話・もてなされたい精霊神
「何で……そんな妙な気が向いたんだ?」
ティーアは顎に手を当てる。
「闇……いや、名付けに従えばフォンセか。大陸の人間より高次の精霊神が、人間の町で人間のもてなしを受けて嬉しいのか?」
「本人興味津々だった」
椅子の背もたれに寄りかかって、ぼくは大きく息を吐く。
「フォンセはオヴォツにスヴァーラさんが来た時に気に入って、あとをこっそりついて来てたんだろうな。で、明るいのの分霊であるぼくが動かす町に興味を持った。そもそも精霊って自分の思いに忠実だから、一度面白そうと思うとそこから離れないんだな。で、グランディールを見に来た時、ちょうど大湯処とか各湯処とか、町の内外の人間を歓待する施設の相談してて、多分ウサの湯辺りだろうな、そこでワイワイやってるのを見て」
「面白そうだなと思ったんだな」
ティーアは片手を顔に当てて溜息をついた。
「まあ、フォンセとしては出来る限り気を使ったんだろう」
いきなりグランディールに黒い炎として乗り込んでくるのではなくて、スヴァーラさんに宿って人間として訪問した。そのスヴァーラさんの精神をきちんと守り、グランディールの人たちに気付かせることなくぼくの所に来て要望を出した。そしてぼくとの約束を取り付け、グランディールに訪問する時は人間の顔と背景を作ってくると明言、出来たらまず連絡を入れて大丈夫かどうかを確認するようなことも言った。
「少なくとも明るいのよりはよほど、よほど、よーっぽどに気を使ってくれているよ」
いきなり
「そうですね、オヴォツと言い、闇の精霊神、決して闇だから邪悪な存在と言うことではないのでしょうね……」
水を飲み干して、ようやく人心地着いたらしいスヴァーラさんが頷いた。
「そう。闇は決して生き物を拒絶するものじゃない。だって、昼だけだったら生き物休めないし、夜だけだったら成長できないし」
「じゃあなぜ、光だけが伝説に残ったのでしょう?」
「それは簡単。あいつが自分が一番正しくて偉大で崇拝するに値する存在だと人間に認知させなかったから」
ああ、とティーアが頷く。
「だから神話や伝説から徹底的に闇の精霊神の情報を抜き、絶対悪の伝説を作り上げたんだろ」
どっちが悪だか分かりゃしないよ、全く。
のすっとテイヒゥルが膝に顎を乗せてきた。
「ごめんねテイヒゥル、怖かったでしょ」
「……虎?」
スヴァーラさんの目が点。そう言えばテイヒゥルの存在自体知らなかったっけ。
「えーと、フェーレースからもらってきた護衛猫……虎……猫。名前はテイヒゥル。ぼくを襲ったりしない限り牙も爪も出さないから安心して」
「フェーレースの護衛……ああ、だったら大丈夫ですね」
スヴァーラさん、ん? と考えこむ。
「護衛の虎……ミアスト町長がフェーレースに注文した……?」
「あ、やっぱり?」
「ああ、じゃああの時の小さい虎がこんなに大きくなったんですね」
「でもミアストが消えて引き取り手がいなくなってここに来た」
「ミアストが……消えた?」
っと、そういやスヴァーラさんは知らなかったっけ。
「ミアスト、
「え?」
スヴァーラさん、目を白黒。
「明るいのって……光の精霊神ですよね。え? 聖職者を? 奪おうと?」
「正確には誘拐未遂。んなことしたもんだから明るいのが激怒。腰巾着の、モルだっけ? あいつと一緒にグランディールからもエアヴァクセンからも追い出された。町長の座も消されてね。今頃何処で何をしてるやら。ま、スヴァーラさんも気にする必要はなくなったと思う」
引きつってた顔が、和らいで、露骨にほっとした顔になった。
ミアストに酷い目に遭わされていた代表みたいな人だからなあ。エアヴァクセンを出されたのもミアストに罪を着せられたんだしなあ。……そうなるように仕向けたのはぼくとフォーゲルのアッキピテル町長だけど。
ぼくの膝に顎を乗せ、喉を鳴らしているテイヒゥルに、スヴァーラさんは恐る恐る手を伸ばした。
「ほら、テイヒゥル」
テイヒゥルが伸びてきた手の匂いをくんくんと嗅ぎ、その手にすりつく。
「良かったね……エアヴァクセンじゃなく、グランディールに来られて」
「で」
ティーアが
「もてなしはどうするんだ」
「フォンセのだよね。湯は絶対入れるけど……」
「でも湯はまずいだろ」
渋い顔するティーア。
「フォンセの肉体は女だ」
「ああ、そうか」
もちろん、男女関係なく入れる湯もある。湯着、と呼ばれる服を着て、じっくり温まる湯が。
しかし。
それを絶対に許さない人間二人ありけり。
「アナイナとヴァリエ、絶対キレるぞ」
「そうだよねえ……」
町にぼくに恩を持つ女が来る。
服を着てとは言え、一緒に湯に入る。
……あの二人が大騒ぎするのが目に見えそうだ。
でもフォンセが興味を持ったのは湯らしいし……。
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