第50話・史上まれにみるひどい客

「……素晴らしい、その一言ですな」


 トラトーレがそう言ってぼくの顔を見る。


「草原をイメージした、五人も並んで眠れそうなベッド。……完成しないと思っていましたよ」


「無理もない」


 アパルが苦笑する。


「うちのデザイナーが何夜もかけてデザインしたものです」


「木質も作りも何もかもが素晴らしい……」


 トラトーレがごくりと唾をのむ。


「グランディールの町スキルは真に、真に素晴らしい!」


「……ありがとうございます」


 アパルやサージュでなく、ぼくが頭を下げる。


「これを、ピーラー氏に直接お渡しすればよろしいでしょうか」


「はい。私共は既に仲介料を受け取っておりますので」


 それにしても、とトラトーレは幌の外を見る。


「ピーラー氏はどうやってこのベッドを持ち帰るつもりなんでしょうなあ……」



「すっばらしい!」


 感動に声を詰まらせたピーラーは、ベッドを撫で回している。


「見た目も感触も匂いまで、俺の想像していた通り……いやそれ以上! すごい、ここまで俺の期待に応えてくれたのはあんたたちが初めてだ!」


 つまりこれまでの全員を潰してきたわけですね?


「いやすごい……これはすごい……なんてすごい……」


 要するにすごいでいいですか?


「あああ、このベッドに合う別荘はどうすればできるのか? どんな建物でも合わない気が……」


 ピーラーは手をわきわきさせている。


「グランディール! グランディールで家のデザインは?!」


「無茶を言わないでください」


 アパルが苦笑する。


「うちは家具なので……家のデザインまでは」


「イメージだけでもいいんだ! このピーラー・シャオシュがデザイナーの才能を育て上げる! 頼む……!」


「申し訳ありませんが」


 ぼくは、自分でも不気味なほど静かだと思う声を出した。


「グランディールは家の町ではないのです。デザイナーも家具専門。それに、四ヶ月後にはもう一つのベッドを納めるのですから、家のデザインをする余裕もありません」


 嘘だけどね。


 シエルだったら家のデザインも作りそうだけど、何日でも徹夜する彼にこれ以上仕事を任せると本当に倒れそうなので頼めないのが本音。それに、全部が全部嘘ってわけじゃない。シエルは既に海をモチーフにしたベッドの細かいデザインに入っている。それを無駄にしていいのなら……を言外に含んで問いかける。


「上手くできるか分からない家のデザインと、草原を意匠したベッドの完成品と。こちらとして自信を持って出せるのはベッドです。そもそもうちの町スキルで家は建てられない」


 ぼくのスキルなら家が生えるけど、グランディール内に限るから黙っておく。


「~~~~~~~!!!!」


 ピーラーは言い返したいのを我慢しているように見える。


「……家は専門外?」


「ええ」


 唸りと共に吐き出した言葉に、ぼくはあっさり返事する。


「分かった……ベッドの作成を進めてくれ……」


「では、納品しますが、運ぶ車は?」


「? あんたたちの牛車をそのまま受け取るのではないのか?」


 …………。


 は?


「……つまり、運送手段まで任せると」


「当然だろう?」


 …………。


 殴っていいかな、こいつ。


 何処まで上から目線なんだよ、全く。


 アパルとサージュを見ると、二人とも首を竦めて顔を見合わせている。噂以上にひでぇ客だわ、こいつ。


 トラトーレが慌てて入ってくる。


「グランディールの皆さまの帰りに使う馬車……いえ、牛車はこちらで用意しますので……」


 まあ、そうだよな。こっちは帰りの足がなくなるからなあ。


「幌も外させていただく」


 サージュの言葉にピーラーは微妙な顔をする。


「グランディールの荷を運んでいるのだから構わないのだろう?」


「……あれは町長の印、町の紋章です。乗っているのが町の人間でなければ紋を掲げるわけにはいきません」


 アパルさんが笑顔できっぱり拒絶する。


 ムスッとした顔でピーラーはぼくを見る。ぼくが町長だと承知の上でこっちを見ているんだろう。


「……町の紋とは、そういうものでしょう?」


 イラついたようなピーラーにそう言い切る。


「グランディールは確かに無名の町、私のような若輩者が率いる町ですが、だからこそ舐められるような真似は出来ないのです」


 帽子の下から、ピーラーをまっすぐ見据える。


「それとも、ピーラー氏はグランディールを潰したいと?」


 ぐ、と息を飲んだピーラー。


 新人潰し、と呼ばれているのを知ってるんだろう。そして、自分の所に初めて注文の品を持ってきた相手を潰したくはないだろう。


「では、ピーラー氏は代わりの幌と牛を用意してください。トラトーレ氏は代わりの車を」


「分かりました」


 トラトーレは頷いて幌から出て行く。ピーラーも牛車を降り、地面を蹴りながら歩いていく。


「牛車代は出るのかね?」


 アレの呟きに、ぼくも首を竦めるしかない。


「分からない」


 まさか牛車ごと買い取られるとはなあ。


 まあ、アレがいるからあんまり関係ないけどね。


「牛車が用意出来たらデレカート行くから」


「はい了解」


 アレは欠伸を噛み殺してから、幌を回収する準備を始めた。

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