第515話・信念と覚悟

「心の中では……闇の精霊神様、貴方様を信じます」


 おいおい、スピティの大神官が信仰転換かよ!


「どういう理屈でそうなったの?」


 面白そうに小首を傾げるフォンセ。


「貴方は私に御手を差し伸べてくださいました」


「それだけ?」


「無論、それだけではありません」


 プレーテ大神官は首を横に振る。


「貴方の御手は、見返りを求めないものだった。仮に私がこのまま光の精霊神様への信仰を抱き続けていたとしても、貴方は迷わずに私に手を差し伸べてくれたでしょう」


「それが、元来、神と呼ばれる者の役割ですもの。感謝されるほどのことじゃないわ」


「光の精霊神様は、そうではありませんでした」


 プレーテ大神官の声が低くなる。


の方は、信仰を要求します。自分が最も尊いのだからそれに相応しい心をと。そこに、他の誰かが入る隙間はない。隙間があればそれを己で埋めよ、とあの方は仰るでしょう。私が実際に夢の中でお会いして、感じた、彼の方は、そう言う、御方です」


 それで? とフォンセは目線で続きを促す、


「ですが、彼の方の教えが間違っていると感じました。感じてしまいました。そうであるからには、彼の方はもはや私を顧みもしますまい。貴方様に心動かさえた私を、最早彼の方は私を己の大神官とは認めますまい」


「それで、私に乗り換えるわけ?」


「私を救って下さった精霊神様の下にこうべを垂れたいのは山々ですが」


 ぼく、ラガッツォ、フォンセの視線を受けて、プレーテ大神官は苦笑した。


「もしそうなれば、スピティは大混乱に陥るでしょう。大神官の信仰の喪失、失踪は、上位神殿の存在理由をなくする。上位神殿に大神官がいない……それはスピティを大陸から消し去る原因になるかも知れない。私が何を思っても、彼の方は、そして神殿の人間は私をスピティから手放しますまい。今の立場を失うくらいなら、力のない大神官でもいないよりマシ、そう考えるでしょうな」


「ああ、名前だけでも大神官がいるのか」


 ラガッツォが頷く。同じ大神官なので、スピティより軽いけれどそれでも背負っている重荷は分かるんだろう。


「おそらく、彼の方は私を神殿の中枢から外します。ですが、それでいい。一切構わない。元よりスキルで定められた神殿の中の栄達など望んではおりませんし」


「そして、あなたはどうするの?」


「スピティに、疑念と、癒しの闇を」


 プレーテ大神官はフォンセの前まで来て、ゆっくりと膝をついた。


「私は、ひっそりと、彼の方の仰っておられる純粋であることへの疑問を囁き続けましょう。大神官であることに変わりはないのですから、私と話したいと思う者を遠ざけることなどできますまい」


「なるほど……お飾りの大神官が少しずつ闇を浸透させていくわけか」


「ええ、クレー町長」


「だけどそれって……」


 ラガッツォが恐る恐る口を挟む。


「下手を打てば」


「ええ、大神官を裁ける者がいないうちは安全でしょうが、新たな大神官が生まれればその座を入れ替えられ、私は神殿から解放されることなく、軟禁に近い状態で神殿内で一生を終えるでしょうな。このことを知れば彼の方も動くでしょう。スピティの新成人の中、大神官のスキルを渡すに相応しい子を探し、ゆっくりと影響を与えていくでしょう」


 にっこりと。


 プレーテ大神官は微笑んでいた。


「ですが、大陸を救うためならば。スピティに「光だけでなく、対に闇というものがある」「疑念を抱かない信仰は薄い」「光と闇は同等でなければ大陸は滅ぶ」これらのことをひっそりと民の間に囁き続けましょう。闇の精霊神様の存在を、その存在理由を、少しずつでも伝えることが出来れば、それは大陸を救おうとする闇の精霊神様の御力となるでしょう」


「へえ……」


 フォンセは唇に指を当てて、興味深そうにプレーテ大神官を見た。


「そんなにまでして、私の役に立ちたいと?」


「正直に言えば、精霊神様のお役に立ちたいからではありません」


 プレーテ大神官も笑みを漏らした。


「私は、私の知ったことを、知らせたいだけなのです。新しい知識を広めたいだけなのです」


「あら」


 クスクスと笑うフォンセ。


「疑問を振りまくのなら、私に止める理由はないわ。でも、今の……貴方一人しか影響できない町で私の助力は期待できないって考えて?」


「精霊神様の御力がなくとも成すつもりでおりますよ」


「覚悟はできているのね」


「貴方様の闇に包まれたその時から」


 もう一度、深々と最敬礼するプレーテ大神官。


「貴方様の差し伸べてくれた手が、今まで触れた何より優しかった。その手が私を導いてくれた。だから私は、これから先、貴方様の為にあろうと思った。貴方様が救おうという大陸を救うために何ができるかと考えた。考えた末出た回答が、スピティに闇を呼び込むことでした。私の立場を利用して、少しずつ民に疑問を抱かせる、それができるならば、水路天井が必要なまでに暑くなったスピティに涼しさと安らぎをもたらせると思いました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る