第516話・神殿と町政
ああ、やっぱりこの人はすごい。
自分の立場を知りながら、意思を貫き通す手段を探し、それが町の為になるように考え、その為なら自分を犠牲にしても構わないと覚悟をする。
長く大神官として在り続けたがための思考回路?
ぼくがこの域に達するまでどれくらいかかるか。
……達しないんじゃなかろうか?
「そう」
フォンセは立ち上がった。
「私はそろそろ行くわ。別の客人も来ているようだし、あいつもそろそろ目くらましも効かなくなるかもだし」
「精霊神様」
「プレーテ・ガイストリヒャー」
フォンセはフルネームで大神官を呼んだ。
「はい」
プレーテ大神官の声が微かに震えている。
「スピティに闇を育てるのも重要だけど、まずは自分を第一になさい」
フォンセの声は淡々としていて、感情がない。
でも、声に感情が出ていないだけ。人間のものとは違うけれど、彼女には彼女の感情がある。
そして、心の中で、プレーテ大神官を心配している。
「あなたが今までに育ててきたものを大事になさい」
「しかし、それは彼の方の」
「確かに、最初はあいつの指図だったかもしれない。でもそれは、確かにあなたが積み重ねてきたもの。短くても長い時間の中で、あなたが手に入れたもの。それはあいつも取り上げることはできない」
ゆっくりと姿を薄れさせながらフォンセは言う。
「そうであるからには、あなたが有り続ける限り、あなたには存在理由と利用価値があるわ。それを忘れないで。あなたには、何があろうとあなたについてくるものがあるのだから、その宝を大事にして、そして問いかけるのよ。それは本当に信じる価値がある物なのか……と」
「……確かに、承りました……!」
「あとは」
フォンセの姿は揺らいで、淡い影となって床に溶ける。
「私は「フォンセ」でいい。様付けも敬称もいらない。私に義理立てしてネタバレする必要もないからね」
すぅ、とフォンセの姿が消えた。
プレーテ大神官が膝をついて、フォンセの消えた辺りに祈りを捧げる。
次の瞬間、激しくドアを叩く音がした。
「プレーテ大神官!」
この声は。
「フューラー町長」
ぼくの声に、ドアの向こうの声は少し落ち着いた。
「クレー町長……ああよかった……エキャルラットが来たから一体何事があったのかと……プレーテ大神官!」
「大丈夫です、話は終わりました」
プレーテ大神官がドアを開ける。
そこから雪崩ってきたのはスピティのフューラー町長、神官たち、信者たち。自然町長が一番下である。
「ぐあ」
「と、とりあえず全員立って! フューラー町長が潰れている!」
ラガッツォと二人して、上の信者から雪崩を崩していく。
「お怪我は?」
「……全身痛い……」
「でしょうね」
十人近い人間雪崩の一番下にいたんだからそりゃあ痛いだろう。
「誰か治癒系のスキルはー」
ここは神殿だから大勢いるだろう。
「……ハイレン、早く!」
灰色の髪をした女性が引っ張られてきた。
「プレーテ大神官様が?」
「いや私ではない。町長を……」
「まあ、お目が赤うございます! 一体何をなさって……!」
「私のことはいいから、フューラー町長を」
「大神官様を先に!」
しばらくプレーテ大神官とハイレンと呼ばれた女性が押し問答していたけれど、プレーテ大神官が折れて、大神官の真っ赤になった目を癒してから、下敷きだったフューラー町長を癒してもらった。
「あれは?」
「「癒し手」ハイレン・リェチーチ。私が面倒を見てきた聖職者ですよ」
小声で返すプレーテ大神官。
「それで何故か執着されまして」
ヴァリエみたいなもんか。
「しかし、彼女もせい……フォンセさ……フォンセの言った、「宝」なのでしょう」
「ですね」
よろよろと立ち上がる町長。
「プレーテ大神官」
「はい」
「クレー町長を呼び出したのは、大神官なのか?」
「いいえ、違います」
プレーテ大神官は静かに首を横に振る。
「私も何も知りませなんだ。クレー町長から出頭の手紙が来て、初めて事態を知りました。それでクレー町長とラガッツォ大神官を私の下に直接、と申したはずなのに、第二正門から入れて、私の偽者を使って何かをしようとしていました。この件に関わった全員には報告書を出すように、と申し伝えました」
「全く、何をしてくれるのだ!」
フューラー町長御立腹。
「大神官殿ならともかく、町長を呼ぶのに町政を通さないとは! 他の町の町長を呼びつけるのは神殿の権利にはないはずだぞ!」
「し、しかし、精霊神様が……!」
「それは本当の精霊神だったのかね?!」
「ほ、本当です!」
「それは本当に精霊神様だったのかな?」
プレーテ大神官が同じ言葉を言う。
「も、もちろんです! 書物にある通り、炎……!」
「書物などに、精霊神様の御姿は炎であり、と書いてあるが」
「そ、そうでしょう!」
「色は?」
「へ?」
「色。炎の色は如何様だったかな?」
「黄、黄色に白を混ぜたような……」
「黄金」
プレーテ大神官は静かに言う。
「精霊神様の御姿は黄金に輝く太陽の如き炎、とある。黄色に白を混ぜた、そんな色であるはずがない」
早速疑念を振りまいてるプレーテ大神官。仕事が早いな!
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