第517話・土下座の謝罪

 実は、が黄金の炎という姿を現わせるのは、限られた相手だけなのである。


 精霊神の、黄金の光の炎……あるいは青白き闇の炎の姿は、精霊としての力そのもの。際限なく放たれる力は、無意識のうちに人間に負荷をかける。耐えられるのは耐性があるかスキルで耐えられるかくらいである。


 さっきフォンセが部屋に現われた時は、ぼくは耐性がありラガッツォとプレーテ大神官はスキルで耐えられるからフォンセも堂々と本来の姿で出て来たのだ。


 耐性もなくスキルの防御も弱い神官レベルの相手にその姿を見せたなら、肉体は力に耐え切れず血を噴き出し、精神は混乱して、下手をすれば廃人になりかねない。


 だから、人間で、黄金の……あるいは蒼白の炎を見られて無事でいられるのは、「大神官」や「聖女」などの高いスキルを持つ者がほとんど。


 「神官」なんかの弱いスキルでは、精霊神も直接姿を現わさない。白黄の炎、というのは、この神官が見られる精霊の姿ギリギリに放たれる力を落としたものである。


 そして、そのことは聖典には書いていない。


 聖典に、精霊神の姿は「黄金の陽光の如き炎」とある。


 白黄は黄金じゃない。


 そのことを指摘したプレーテ大神官に、神官は青ざめる。


 確かに黄金じゃなかった……精霊神じゃない……と。


 町政を差し置いて他町の町長を呼び出した神官たちは、真っ青になる。


 精霊小神……あるいは精霊の悪戯に引っ掛けられたのかも、という疑念が沸き起こっているはずだ。


「何故、黄色い炎というだけで精霊神様と納得したのだ」


 畳みかけるプレーテ大神官。


「黄色という姿を持つ精霊は多数おられる。何故自分に精霊神様が……と疑念に思わなかったのかね?」


「う……」


「自分は精霊神様が夢姿を見せてくれるほど偉い、あるいは強い、あるいは重要と思ったのかね?」


「…………」


 ぼくを呼び出すのにに利用された神官を始めとする聖職者たちが青ざめて俯く。


「私はクレー町長から伝令鳥が来るまでこのことを知らなかった。大神官を押し退けて夢姿を見られた、それはさぞかし誇りに思えただろうが」


 普段温厚なプレーテ大神官だけど、温厚な人ほど怒らすと怖い、ということをスピティ神殿の方々はお忘れになっていらしたようで。


 ……プレーテ大神官もそう思われているのを最大限に利用しているけど。


「ならば何故、私の偽者まで使った。精霊神様が私に御声をかけなかったのは理解できても、私の偽者を使って神殿裁判にかける必要があったのかね?」


「せい……」


「精霊神様が、という言い訳は聞きたくない」


 プレーテ大神官はピリッとする声で言った。


「信じるべし、疑うことなかれ、それが精霊神様の教え。それを利用して、御二方に気付かれまいと騙すような真似をして。裁きを下さんとして」


「大神官様……!」


「それが精霊神様の聖職者のやるべきことかな? 呼び出して偽者で騙すのは、来る必要もなかったのに呼び出されてきて下さった相手に対して随分失礼なことではないかね? それをやったのが聖職者であることもまた許し難い」


 小さくなる神官たち。


「自分の信じる相手かどうかの見極めも出来ずして聖職者とは言えまい。報告書にはそれについての考えも書いてほしいものだ」


「プレーテ大神官様を無視して、勝手に神殿裁判を、しかも他の町の町長と大神官に行おうとするだなんて」


 ハイレンさんがプリプリしている。


「恥を知りなさい!」


 精霊神の奇跡を一番発揮する「癒し手」ハイレンさんの言葉には力があって、神官たちはひたすら小さくなるしかない。


「そんなあやふやなもので、町政の危機を招こうとしたのかね?!」


 フューラー町長も神官たちを見た。


「町が「おきて」に背いて消えても、神殿さえあれば自分たちは安泰だと思っていたのか? 神官と言うのは自分の立場さえよければ後は町がどうなっても構わないという考えの持ち主なのか!?」


 怒髪天のフューラー町長。


「行きなさい」


 プレーテ大神官は言った。


「報告書を全員、明日までに提出すること」


 神官たちは一礼して、慌てて逃げ去った。


「申し訳ない、クレー町長!」


 フューラー町長は両ひざと両手を床につけて、深々と頭を下げた。


「私も、ですな」


 プレーテ大神官も同じ格好をする。


 いわゆる、「土下座」だ。


「町政に携わる者として、神殿の暴走を止められなかった!」


「神殿を守る者として、神官の乱れを察知できなかった」


『申し訳ない……!』


 ハモって頭を下げる二人に、今度はこっちが慌てる番。


 立場は同じでも、歴史が違う。フューラー町長もプレーテ大神官も長くその立場に就き続けていた大先輩には、ぼくたちがお尻に殻のついているひよっこにしか見えないだろう。


 そんな二人に、土下座って……。


「立ってください、フューラー町長、プレーテ大神官!」


 ぼくは慌ててフューラー町長の手を引いた。ラガッツォもプレーテ大神官を立ち上がらせようとしている。


「少なくとも御二人が悪いわけではないのですから!」


 二人が立ち上がるのに時間がかーなーりーかかったことは付け加えておく。

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