第149話・それではお先に失礼します

 南の空が暗くなる。


 雨雲か、とそちらを見上げたスピティ町民の一人が口をあんぐり開く。


 開いたまま、横にいる人をつつき、指を差す。


 見た人が同じ顔になって、また横の人を。


 全員の視線が、空に向けられた。


 浮遊する巨大な大地。


 逆にした水滴型の、地に向かう鋭角はまっすぐ下を指し、天に向かう半円形のきらきらと輝く何かが朝の光を反射する。


 呆然と見上げる一同。


「おー。こんな風に見えんのか」


「初めて見た!」


 グランディール町民は驚かない……というか、初めて外から見る町に盛り上がっている。


 そう、これがサージュの作戦だ。


 アレの「移動」でもこの人数を離れたエアヴァクセンに連れて行くのは難しい。その間に一人二人捕まる可能性も高い。歩いていくのはもっとダメ。



 



 単純明快、全員を入れてそのまま飛び去ってしまえばもう絶対誰にも後を追えない作戦だ。


 グランディールは、ちょうどスピティの中央、そう、この大広場の真上に停止した。


「グラン……ディール……」


 フューラー町長が呟く。


「ええ。グランディールです」


 ぼくは町長の仮面をつけたまま微笑んだ。


「帰路が危ないと警告して下さいましたね」


「あ、ああ……」


「ですから、町に迎えに来てもらいました」


 向こうで唖然としているミアストにも微笑みかける。


「これならば、不審者に襲われることも、尾行されることも、ありますまい?」


 多分尾行&襲撃準備万端だったミアストに向かってにーっこり。


 その時、グランディールから光の輪が降りてきた。


「ソルダート、キーパ」


 光の中から現れたのは、町の衛兵二人組。


「町長、お迎えに上がりました」


 キーパが胸に手を当て深々と頭を下げる。その少し後に続いてソルダートも一礼。


「ペテスタイ……」


 呆然とミアストが呟く。


「伝説のペテスタイ、なのか……?」


 ミアスト以外の全員も呆然と空を見上げる中、グランディールの住民が順をついて光の輪の前に並ぶ。


「一応荷物検査するから」


 先に行ったのはヴァローレ。これは最初から仕組んでおいたこと。


 本当に検査をするのはグランディールに着いてからだ。ヴァローレの低上限レベルスキル「鑑定」は、スキルの影響下にあるものを、原因や相手や対処法までをも見抜く。……ヴァローレ自身がかけられているとどうにもならないから、あっちが驚いている間にヴァローレを戻す。あとは如何にもソルダートやキーパが、衛兵です、という態度で一人ずつ簡単に検査してグランディールへ戻す。向こうでヴァローレをはじめとする検査隊が念入りに検査をする。


 真っ先に我に返ったのはミアストだった。さすが。


「ぺ、ペテスタイとは聞いてないぞ! 伝説の町が、何故」


「ペテスタイではありません。グランディールです」


「し、かし、空を飛んで……!」


「空飛ぶ町がペテスタイだけと限ったわけではありますまい」


 平然と答えてやる。


「ペテスタイが飛べるなら、後続の町に真似ができないという道理はありません」


 その間も、行列が輪を抜けて少なくなっていく。荷物を抱えたグランディール町民は迷うことなく輪に入っていく。グランディール町民にとっては玄関をくぐるようなもの。回数は少なくても一度はこの輪の中を通っているし、向かう先は間違いなく自分の家なんだから。


「あ。お、おい」


 町長たちが我に返ったようにグランディールや光の輪から目を離し、ぼくを見る。


「皆様には、今回のお礼として近いうちにグランディールへご招待させていただきます。何せ出来たばかりの町で、中も整ってはいませんが」


「い、いや、空飛ぶ町に招待されるなんて、光栄だ」


 フューラー町長がやっとのことで言葉を紡ぐ。


「わ、我々も、かね?」


 町長の一人……宣伝鳥を送って来てくれた町長だ……が恐る恐る声をあげるのに、ぼくも笑って頷く。


「もちろん」


「それは当然だろう! この……」


「ミアスト町長はお断りさせていただきます」


 笑顔で、にっこり、すっぱり。


「何せ面会時間に姿すら現さなかったのですから」


「な」


「グランディールに案内するというのは、話の続きをいたしましょう、という意味です。ミアスト町長は話をする必要はないと面会を断られた。つまり、町について私と話し合いをする必要はないということですから、招いても意味はないでしょう?」


「…………~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」


 一瞬青ざめ、その後倍々で赤が増していくミアストにもう一度にっこり笑ってやって、ぼくは最後に残ったアパル、サージュ、そしてソルダートとキーパと共に光の中に入った。


「ま、待て! SSランクの私を……」


「私はランクと話し合いをするつもりはありません。人と話すつもりです。そしてミアスト町長はその機会を蹴った。ならばこれ以上話す必要はないでしょう」


 赤を通り越して黒くなったミアストが走ってつかみかかろうとした瞬間。


 視界はグランディールに変わった。


 光の輪ごとグランディールに移動。


「ヴァローレ、大丈夫?」


 スキルの使い過ぎで青ざめているヴァローレに声をかけると、顔色は戻らなくてもニッと笑って見せた。


 そして、ぼくたちを「鑑定」する。


「……ん、大丈夫。クイネの気配しかない」


 当然ぼくたち三人の髪と眼の色。


「全員揃ったー? 忘れ物はないー?」


 声をかけると、は~いと返事が返ってきた。


 門に手を当てて体を固定し、大広場を見下ろすと、まだ唖然と空を見上げるスピティの人たちと、口汚くぼくをののしるミアストの姿。


「ミアスト町長以外の方は、また近いうちに。それではお先に失礼します。フューラー町長、今回はありがとうございました!」


 告げて、町は急上昇。


 大広場の人が見えなくなったところで町を北に向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る