第261話・勘違い

「私たちは、聖職者様たちを正当にお祀りするために……」


「どう考えても、正しい祀り方じゃなかった」


 ラガッツォが口を開き、ヴァチカも頷く。


「おれを追いかけ回して祝福を与えてもらおうだなんて正気の沙汰じゃない。おれが神殿にいる時に、ちゃんと手続きをして神殿に入り、祝福を受けるのが常識ってもんだろう。それとも、西の流儀は聖職者を追いかけて、捕まえた相手に無理やり祝福させることなのか?」


「そ、そんなことを?」


「ああ。おれが西の民だから西の民に祝福を与えるのが当然だとか言ってた。……そんなこと、どの教えにもないしどの本にもなかったよな? ヴァチカ」


「うん。あたしたちが教わった教えには、そんなことなかったよ」


 頷きあう大神官と癒し手。その視線がプレーテ大神官へ向かう。


「二人の言う通り。精霊神はそのような教えを伝えておりません。聖職者は精霊神を信じる者に平等に祝福を与えるべし……ですね?」


 プレーテ大神官が一同を見る。


 西の代表者たちは誰も顔をあげなかった。


 小さく震えている人も多い。


「……あの……」


「お聞きしてもよろしいですか」


 穏やかにプレーテ大神官は聞いた。


「何故、西の民ならば、グランディールの民を踏みにじるようなことが許されると思ったのですか?」


「わっ、我々は、踏みにじるなどと……!」


「しかし、西の民の行ったことは、明らかにこのグランディールの先住の民を踏みにじっていますよ。西の民が困っているという報を聞いて、来て、受け入れてくれたグランディールの民を」


 誰も声を出さない。


 西の人々は青ざめて俯いている。


「何故、そのようなことをしようと思ったのですか?」


「あ……う……」


「責めるわけでも、罰を与えるためでもありません。ただ、何故……何故このような事態が起きてしまったか。それを知りたいだけです」


「……あ……」


 全員震えている。むしろ強い口調で叱られた方が開き直りも出来ただろうけど、西の民が長く大神官の座にある存在に静かに問いかけられて答えることは出来ない。


「あ……の」


 それまで黙っていたリジェネさんが、初めて口を開いた。


「私が……私が、悪いんです……」


「何故でしょう、リジェネ殿」


 一番最初にグランディールに接触してきた元ポリーティアー町長代理は、震える声で言った。


「西の民は、皆様が助けに来て下さったことを、当然のことと受け入れていたから……」


 ラガッツォが目を見開き、ヴァチカが小さく息を呑む。アナイナは目を細めてリジェネさんを見た。


「グランディールは私が飛ばしたオルドナンツ……伝令鳥の依頼で、わざわざ遠くから来て下さった。ポリーティアーだけでなく、西全体を助けてくださった。それを西の民は勘違いしてしまったのです。精霊神が、西の民を助けるためにグランディールを遣わしてくださったのだと……」


「グランディールが、精霊神に」


 それは間違いじゃないだろう。頭の奥底で精霊神ヤツの意図が読めた。これ以上西に民を置いておけば、西は本当の死の地と化してしまうだろうからと。


 だけど、ね。


「神から遣わされたグランディールと言うなら、何故その町民をひどく軽んじるのですか?」


 ぼくの言いたいことを、プレーテ大神官が言ってくれた。


「……ですから、勘違いと……グランディールは神の僕……なら、信仰心篤い西の民の僕、だと……」


「リジェネ殿!」


 隣にいた中年の民がリジェネを止めようとするが、リジェネは涙をこらえながら言った。


「西の民は、グランディールを、神に遣わされた自分たちの僕だと勘違いしているのです……!」


 プレーテ大神官は重い息を吐いて背もたれに体重を預け、ヴァチカがプルプルと拳を震わせ。


「あんたらは……」


 しばらく言葉を詰まらせていたラガッツォが、一同を見回して一喝した。


「おれたちを助けに西まで来てくれた人たちを、自分より下に見て、何でも命令を聞く存在だと思ったってのか?!」


「もっ……申し訳ありません!」


「おれは、今まで、西の民だってことに誇りを持っていた。精霊神への信仰篤い民だってことを……。だけど、それを逆手に取って、助けに来てくれた人たちを格下にして、しかも命令までしたってのか?! 冗談じゃねーぞ、ふざけんな! おれは、西の血を、これ程恥ずかしいと思ったことはない!」


 代表者たちは顔色を失ってラガッツォの顔を見ていた。自分たちの居住地から出た大神官。その大神官に叱られた。いや怒られた。怒りを向けられた。自分たちのやったことは、恥ずかしいとまで言われた。


「う……」


「……申し訳ない……」


「すみません、私たちの思い上がりです……」


「気付いていて、それが許されると思ってた……」


 全員が、こちらを向いて頭を下げた。


 涙を流しながら。


「ここで皆さんが泣いても意味はない」


 ぼくは冷たく聞こえるであろう言葉を敢えて選んだ。


「勘違いしている西の民全員が、ちゃんとそれを納得して、反省してもらわないと意味はないのです」


「仰る通りです……」


「神殿広場に西の民を集めてあります。今から言って、言い聞かせます……」


「何で西の民が神殿の広場に集まってるんだ?」


「……町長と大神官の呼び出しということで、吉報が来るだろうと……」


 吉報と思っている所にこの報告を持っていくのは大変だろうけど。

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