第383話・次の湯は

 翌日。


 アパルとサージュが視察と銘打ってウサ湯に向かった。


 その間にぼくとシエルは次の湯処をどうするか書類や立体地図を見ながら相談。


「次は猫の湯ってのが」


「いやうちダメダメなヤツを動物が引っ張っていく町じゃないから」


「いや、猫がたくさんいて、猫と遊べるの」


「飼えよ」


「飼えと言われて飼える人が少ないからだ」


 いや、野良猫はあちこちで見るけど。ティーアや奥さんのフレディが連れてきたネズミ対策用の野良ちゃんが。


「猫ってそんなに飼いにくいの?」


「猫による」


 シエル、真顔。


「遊ぶのが大好きな猫もいればまったりするのが大好きな猫もいるし、人間嫌いな猫もいれば人間ラブ猫もいる」


「難しいの?」


「いや、愛玩用として言えば飼いやすさは犬と猫の双璧が」


「飼えるんじゃん!」


 思わずツッコんだぼく。真顔のままのシエル。


「……飼えないの?」


「猫ってのは独立独歩の生き物なんだ。基本、人間がいなくても自力で生きていけるから、野良で人間に飼われようなんてのは少ないんだよ。それに、人間から餌を貰っている犬は、野良であっても「この人はご飯をくれる大事な人!」になるが、猫は「こいつは餌をくれるしもべ」になるしな」


「え、猫って人間見下してる?」


「野良なら余計に」


「じゃあ人間に飼われてる猫は人間のことどう思ってる?」


「都合のいい時に遊んで飯出してくれて時々鬱陶うっとうしいしもべ」


「しもべなのは一緒か……」


「フェーレースで扱ってる猫なんかは、人間に懐くようにされてるからいつでも尻尾ぴーんで大歓迎モード。そう言う人間ラブな猫を膝の上に乗せたりエサをやったりまみれたりしてまったりしたいって意見が」


「いや尻尾ぴーんって何?」


「尻尾を立ててる時は嬉しい時」


「犬と違うの?!」


「ああ。尻尾を振るのは威嚇か攻撃だ」


 犬と猫の意外な違いを学んでしまった。


「つまり、風呂に行った時くらい、人間ラブの猫とラブラブになりたいと?」


「だな。ただ、実現には大問題があってなあ」


「何」


「フェーレースから苦情が来る」


 「猫の町」フェーレース。Aランクで、愛玩用や狩猟猫、ネズミ捕り用の猫などを扱っている。別にフェーレースから取り寄せなくても猫は手に入るけど、きちんと躾けられていて人間の言うことを聞いてくれる猫はフェーレースで手に入れるのが一番いい。


「確かに……そう言う猫ならフェーレース通さないとまずいだろうしなあ」


「そうすると、猫にまみれたいという願望を叶えるだけの猫を飼うと結構高い金がなー」


「猫にまみれたい?」


「町長はまみれたくないか?」


「猫がよくわかんないから。まみれるって何?」


「犬の方が好きか?」


「まあ」


 犬の姿になったことならあります。


「町長は犬派か。なら仔犬にわーっと囲まれて膝の上とかよじ登られたくない?」


「それは何か……分かる気がする」


「そう言う動物たくさんに囲まれて滅茶苦茶愛想を振りまいてきてもう抱えようが寝転がって上に乗られようが幸せモードがってこと」


「……シエルは猫派?」


「そうだな。あの気紛れさ、たまらん」


 道理で最初に猫の湯を紹介してきたわけだ。


「……自分が真っ先に行きたい?」


「そうだな。まみれたいなあ」


「……自分の好みで優先させないように」


「気付かれたか」


「気付かないでか」


 そこに帰ってきたアパルとサージュ。


「おい、すごい湯になってたな」


「すごかったでしょ?」


「全面ウサギだ。ウサだ」


「あそこまで手をかけて良かったのか? 他の所に文句言われないか?」


「ついつい調子に乗りました」


「いやー、創ってると楽しくなってきて」


 小さくなるぼく。全然反省してないシエル。


「ぶっ倒れるなよ」


「盛況だった?」


「大盛況。近所の住民だけのお披露目湯が終わってから、グランディール中から暇人が集まってきた。ヤバいと思ったんで朝湯と夜湯は近所住民専用にしたんだが」


「……あー、ワザとが出たね」


「当たり」


 アパルが苦笑した。


「わざとマナー違反してウサぐるみに放り出される子供やら湯に沈んでウサに運び出される大人やら」


「と言うわけで、俺の使って噂を流すことにしたが構わないか」


 サージュが早耳草を使っていることは何となくだけど気付いてたので、驚きはしない。それに迷惑なわざとマナー違反やわざと助けられ大人が出て来るなら、対策は早めに。


「うん。あの近所でウサ車以外のウサに運ばれてるのはダメ子供ダメ大人だって噂を」


「引き受けた」


「で、今は何を話してた?」


「シエル推薦の「猫の湯」」


「猫?」


 シエルが語る。湯というか、猫の愛らしさを。


「分かった。分かったから落ち着けシエル」


 サージュが片手で止める。


「この猫まみれというのは幸福感に溢れた至福の時で……」


「はいストップ」


 何とかシエルの言葉を押さえる。


「フェーレースに話通さないとまずいな」


「シエルが言うだけの猫を買うと結構金がかかるぞ」


「ウサ湯のように猫のぬいぐるみとか猫の彫刻とか」


「いやそれ二番煎じ」


「ダメだ! 絵や彫刻なんてのじゃ猫の柔らかさやしなやかさを表現できない! 猫を、生猫を! 両腕に抱えてなお余るほどの愛らしい猫様を!」


「フェーレースでそんだけの猫買うのに何テラかかると思ってる」


「代金ならオレが出します! いくつでも金になるデザインします! だから!」


 ……猫の湯の話というよりシエルが猫が欲しいって話になってるぞ。

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