第80話・口喧嘩をBGMに

 さて、何処からともなく聞こえる口喧嘩で、大体の状況は分かった。喧嘩はまだまだ続くだろうけど好きにやっててくれ。長ければ長いだけありがたい。


 後ろ頭は痛いけど、今すぐに考えなきゃいけないことはたくさんある。


 まず、現在の状況。


 ぼくは今、デスポタのスキルで、何処かに閉じ込められている。逃げ出すことも、スキルで発見することも出来ないらしい。


 だけど、リューとアレは逃げることが出来た。


 ぼくが拉致られたことは二人からグランディールに伝わるはず。


 問題は、その時、ピーラーあるいはデスポタどちらかの顔を見ていたか。


 見ていたなら、アレが逃げるのに「移動」を使ったとしても、そう時間もかからずに誰かがここを見つけ出す。


 見て居なかったら……サージュやアパルが判断してくれるのを待つしかない。


 グランディールに明らかに敵対というか恨みを持っていて町長を拉致するほどのことが出来るのは、ピーラーとデスポタだと判断してくれるだろうか。いや、アパルとサージュは頭がいいし、元ファヤンス町民の皆様だったら町長デスポタがそういうことをやりかねない男だと知っているだろう。これは期待してもいいと思う、うん。


 そして、今ぼくのやれること。


 それは、時間稼ぎ。


 ひたすらこっちに集中させて、グランディール側が動いていることに勘付かれてはならない。


 このまま気絶しているふりでもいいかもしれないけど、口論中の二人の頭がいつ冷えるかもわからない。二人とも頭が悪いように思えるけど、世界一の俳優と立派な町の町長だ。まだ他に打つ手があるかもしれない。

 頭が冷えてろくでもないことを考え出す前に、こっちから仕掛けた方がいいかもしれない。


 グランディールからすれば、町の存続に関わる事件に、とんだ足手まとい。


 ここは、ぼくが何とかしなきゃ。


 ……ぼくが勝手にやらかした失敗。


 ぼくが取り戻さなくてどうするよ。


 腹具合から考えて、ぼくが殴られて気絶してから恐らく二刻以上は経っている。予想だとそろそろ捜索隊が出されるか。


 だとすれば、この空間から出なければならない。


 にしても、町長デスポタのスキルが、人を真っ暗闇に閉じ込めるスキルだなんてなあ。そりゃあスキルと町長職は何の関わりもないけれど、クイネが言ったことを思い出すと、何とも。


 ファヤンスで町長の陰口を叩いたり悪口を言ったり町を出たいと言った人間が姿を消していた、と言ってたけど、あれだ、この能力で閉じ込めて脅したりしてたんだな。真っ暗闇に一人取り残されたら不安になるし耐えきれなくもなる。そこで脅して別の場所に移したか?


 実際、ぼくだって、町長の仮面を被って気絶した振りしてるけど、仮面がなきゃ頭がおかしくなっていたかもしれない。あとあの口喧嘩を知らんふりして聞いていたからあっちの方が焦っているというのが分かってちょっと安心。


 おっと、自分の体のことを確認しないと。


 後ろ頭。ズキズキ。


 指は? 動く。


 手は? ……拘束されてない。


 腕もだ。


 足もあるのが感覚でわかる。


 つまり、後ろ頭をぶん殴られた他は大丈夫、と見ていいか。


 指が動くってことは、動きを拘束するスキルでもないってこと。本当にただひたすら人を閉じ込めるだけのスキルみたいだ。町民を脅すには十分だろうけどね、町民を脅して町に居続けさせるのは、町長として腹が立つよ、デスポタ。


 さて、そろそろ動く頃合いかな。


「う……」


 小さく呻くと、いい加減疲れてきた口喧嘩がぴたりと収まった。


「何か聞こえたか?」


「呻き声のような……」


「クレー? クレー・マークン。返事をしろ」


「……うう……つう……」


「おいピーラー。貴様、どれだけの力でクレーを殴った」


「怨みを込めて殴ったからな」


「殺しては意味はないのだぞ!」


 デスポタの慌てた声。


「生きて町を併合させなければ、ファヤンスは戻らないのだ!」


「分かってるとも、デザイナーを俺様の所に連れてくるまではこいつに生きててもらわなければならない」


 あ、いいこと聞いた。


「なら手加減という言葉を覚えるんだな」


「知った風な口を……」


 ピーラーの苛立ちがそのまま口に出てる。


「町民に逃げられた町長がどれだけ偉いんだ!」


「だから取り戻すのに貴様と手を組んだのではないか!」


「俺様は別に貴様じゃなくてもよかったんだ! 俺様には金と伝手つてがある! 町以下に落ち込んだ長なんぞには想像できないくらいのな! そこを何とかと頼み込んできたのは貴様だろう! 三流脇役は三流脇役らしく、大人しくすみにいればいい!」


「……どっちも三流」


 ぼそり、とぼくが呟くと、口喧嘩がやみ、代わりにこっちに向けての言葉が飛んできた。


「貴様、狸寝入りを決め込んでたな!」


「それくらい見破れないと思ったのか、この超一流俳優の俺様に!」


「決め込んでたというか……本当に頭が痛くて寝てたんだけど……つつ」


 頭を押さえ、床……か分からないけれど尻のついている所で体を起こし、如何にも頭が痛そうに後ろ頭を撫でながら、ぼくは虚空に目をやる。


「やり口が三流」


 さあ、ここからが正念場だ。

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