第222話・祈る人

 貴色の紫である紫水晶で飾られた祭壇の前に膝をつく。


 アナイナも慌ててぼくにならって膝をつく。


 目を閉じ、胸の前で手を組んで、祈る。


 町の平穏。


 町民が満足できるまちづくりが出来るように。


 厄介事が飛び込んできませんように。


 ……いや、こんな神殿を作ったりしていれば厄介事ミアストは向こうからダイヴしてくるんだけど。


 それでも、願う。


 ただ、町の平和を。


 祈り、目を開け、見上げる。


 精霊神のシンボルである、紫色で記された二重円の下に十字のマーク。人に近いが人を上回るのが、頭に当たる円が二重円である理由だと昔エアヴァクセンの神殿で聞いた覚えがある。


 精霊神よ、どうか、どうか。


 この町に、祝福を。


 ぼくはゆっくり立ち上がる。


 アナイナはぼくより長い間祈っていたけれど、目を開けて立ち上がる。


 二人揃って頭を下げる。


 三人も後ろで祈っていたらしく、振り返ると祭壇に向かって頭を下げている所だった。


 この神殿は、何となく人間を神妙な気分にさせる。精霊神の前に立つような思いがある。


 そう考えると、神殿としては最高だろう。


 ……見栄っ張りがいちゃもんをつけてきそうでもあるけれど。


「この奥に、大神官様と大神官様が許した者だけが入れる聖域があって、そこは入れないんです」


 うん、大神官がいるのは上位神殿だけだからね? 通常神殿志願して働く大神官もいるけど、普通、通常神殿に大神官以外立ち入り禁止の場所はないね!


 こういう神殿なのだと思ってもらうしかない。聖職者が出なくて他の町から呼んだとしても、上位神殿を作れって言われても、これ以上の神殿があるんだろうか。……いや、シエルと西の民なら形にしてしまうかもしれない。てかデザインが出来たら、今のところどんなものでも作れてるもんなあ。そんな神殿が二つ建ったグランディール……。


 空飛ぶ神殿の町とか呼ばれそうだなあ。


 でも、そんなにすると神殿を見に来る観光客が絶対増える。


 西の民は、神殿を見せたい。でも、それで稼ごうとは思っていないだろうし、本当にここに来てほしいのは同じ信仰心を持っている人だ。信仰心で競うことなく、ただ共に精霊神の前にぬかずき祈る人だろう。


 それに、観光客が増えるとゴミ問題とか食事処とか宿泊施設とかが、ね?


 本当に観光客に神殿で寝られると、本当にそれを必要としている町民が弾き出される。それはぼくも西の民も望むところじゃない。もし観光名所にするなら、祭壇まで町民以外も通れるようにする。していないのは、ここが町民の為の場所、町民の祈りの場所だから。


 同じように祈りたいという人しか通したくない。無言の訴えだ。


 ぼくもそれを承知したから問題はない。


 ……他の町の町長とか神官とかが見たがるだろうなあ。どうやって断ればいいかなあ。


 祭壇の間を後にして、来た道を逆戻り。


 お年寄りや足を負傷している人でも歩けるような気づかいなんだろう。


 通路を出て町民以外通れない扉を二つ通り、出入り口まで来る。


「どうでしたか、神殿は!」


「すごかった!」


「あたしもすごいと思った!」


 アナイナに続いて声をあげたヴァチカはどうしたの? 何かすごいの?


「神殿の中だと、伝令鳥すっごい赤いのね!」


 ……ああ。そうか、頭の上にエキャルがいたっけ。


 エキャルも神聖な場所って分かってたから、羽根を広げることも、羽毛一枚落とすことすらしないよう気遣っていたらしい。


 うん、白一色の中の緋色は目立っただろうなあ。


 頭の上で大人しくしているものだから存在すら忘れてたよ!


 つん、と頭をつつかれたので、手を伸ばして頭を撫でてやる。それでご機嫌は直ったらしい。良かった。


「神殿で僕たちの入れる場所は全部案内したつもりだけど……まだ見たいところはありましたか?」


「いや、一通り見せてもらったけど、すごかった」


 これ、正直な感想。


 ぼく一人の想像、シエルだけのデザインでは成り立たない。西の民が自分たちが守る日没荒野の向こうにあるという大神殿の想像と憧れがあってこそ。多分人間が作った神殿の中では一番大神殿に近いんじゃないかなーと思ってしまう。自画自賛とかじゃなくて、本当に。


 罰が当たるかもと思ったけど、作ったぼくたちがちゃんと日々真剣に祈れば精霊神も罰の下しようがないよね。


 神殿から出る。


 今まで薄められた太陽とほのかな自照灯の中にいたから、青空が眩しい。


「町長、お帰りなさい!」


「どうでしたか我々の神殿は!」


 キラキラした目、目、目。


「うん、最高の神殿だった」


 キラキラがワンランク上がる。


「みんなの信仰心があってこそのこの神殿だと思う」


「町長……!」


 感激して声を詰まらせるみんな。


「でも、神殿を磨き上げるだけでなく、生きていくための仕事もよろしくお願いしたい」


「畑や家畜の世話ですね! もちろんです!」


「神殿と交代で行ってます! ここは太陽も強くなく土も肥えて、世話のし甲斐があります!」


「毎日が楽しいです!」


 キラキラしっぱなし……。


「じゃあ、成人式までに色々あるだろうけど、よろしくお願いするね」


「分かりました!」


「頑張ります!」


 西の人たちに手を振って、門の方の通用口へ向かう。


 その間に何人かの町民が向こうから来たり、戻って行ったりする。前からの住民が神殿を見に行って、祈って帰っていくんだろう。帰り際の町民の目はキラキラしている。


 いいことです。

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