第52話・追跡者
馬車を街道の端に止めて、馬車の観察を始める。
なんせ荷物もトラトーレの御厚意で積んでもらったので、何処かに何かが隠してあってもおかしくない。
なんだ? と三人がきょとんとしている間に、牛車を飛び降りて、辺りを見回す。
とりあえず人の気配はない。
それを確認して、森の柔らかくなった土に枝で字を書いた。
『誰かが聞いているかもしれない』
サージュ、アパルが飛び降りてくる。アレが続こうとするのを手で止めた。
(牛車を見てて)
目で訴えると分かってくれたらしい。軽く片眼を閉じて頷き、御者台に座り直し、幌の方を向く。
アレの目に変わった様子がないので、地面の文字を足で踏み消して、新しい言葉を書く。
『ピーラーがあんなに簡単にベッドと幌を諦めたのがおかしいとぼくは思う。』
アパルとサージュがぼくの顔を見る。
『あれだけわがまま放題の男が、グランディールにあれだけ興味を持っている男が、ああも簡単に諦めるか? グランディールデザインの家、グリフォンの幌。そして何より、グランディールそのもの。』
文字を一旦踏み消して、何事もなかったかのようにならし、また文字を書く。
『トラトーレはグランディールとの取引を大事にしたいだろうからこっちの事情を
『アレのスキルですぐに逃げた方がいいか?』
サージュの文字に、ぼくは一度書いた文字をまた踏み消して書き続ける。
『今、アレのスキルを使うのは得策じゃない。ヴァリエのようなスキルがあるかもしれないし、スキルじゃなくてついてきている人間もいるかもしれない。それに、アレのスキルは二度目を使うには間がいる。もしかして追いつかれた時に逃げられないのは痛い。』
アパルとサージュが頷きあって、サージュが自分の書いた文字を消す。
『これから先どうすれば?』
『人の尾行はともかく、スキルとなると逃げられない。』
ふと、ぼくはそこで思い付いた。
そのことを地面に書くと、呆れ果てた二人の姿。
この文字も踏み消す。
視線を感じて顔をあげると、アレが地面を凝視していて「おい、正気か?」と目線で聞いてきた。だからぼくも正気だと頷き返す。
「なるほどねえ」
アパルが呟いた。
「名が売れると厄介も増えるものだ」
サージュがうそぶく。
「とにかく早く町につきたい」
ぼくは言った。
「了解了解。ちょっと急ぎますよっと」
アレが牛車に命令を出し、少し足を速める。
「リューがいればなあ」
サージュが呟いた。
リューの「場所特定」があれば、今ぼくが考えているのにいい場所が分かるんだけど。
「ないものを嘆いても仕方ない」
ぼくは言い切った。
「無事に町まで戻れればそれでいい」
「ですね」
◇ ◇ ◇
ポルティアは馬に乗り、一定の距離を置いて牛車を尾行していた。
ピーラーの依頼で。
スピティでフリーの門番をやっていくのはなかなかに厳しい。
誰より早く馬車や牛車を見つけ、初めての相手を見つけたら乗り込み、然るべく商会に送り込む。それが出来なければ食っていけない。
だから、ピーラーの依頼を受けた時も迷いはしなかった。ピーラーはスピティの中でも上客の一人、彼の機嫌を損ねる選択肢は自分にはない。
何より、自分がグランディールという町に興味がある。
いきなりやってきてSSランクの家具を出す、その町の在り様に興味があった。
好奇心と報酬、二つの条件を満たしていたこの仕事、引き受けなくてどうするよ。
一度牛車が止まり、御者の男以外の三人……一人は小さいので間違いなくグランディール町長……が地面に何やら書いていた。
この距離からは何を書いているか見えない。これ以上近付けば尾行がバレる。
好奇心が
少しして、三人が牛車に乗り込み、また動き出した。
……この方向はヒゥウォーンからも離れている。
グランディールとはどういう町なんだろう。
あんな家具を平然と生み出し、それを売り払う、ランク外の町。
まだ町民以外の人間がいない、小さな町で、あんなベッドを作り上げる。
どんな町民が、どんなことをして、あんなものを生み出したんだろう。
トラトーレとデレカートはこっちとの取引を優先して、町がどうあろうが気にしないポーズを取っているけど、このまま名声をあげて行けばいずれは町も明らかになるだろう。それが素晴らしい町であれば町の名も上がる。何を隠す必要があるんだ。
牛車が何処へ行くか。グランディールの町の場所。
牛車の後を追って行って、場所をピーラーに教えれば莫大な報酬が手に入る。失敗すればどうなるかは想像つくが、若すぎる町長とお供三人といっぱいの荷物を載せた牛車を馬で見失うことはまずないだろうから心配はしていない。
そろそろ自分も知らない場所に来ている。地図を広げたほうがいいか……?
その時、牛車が動きを止めた。
ん?
馬を降りて忍び足で近付くと、そこには門。
……門?
空堀の向こうに塀があって、門がある。
ここが、グランディール?
跳ね橋が降りてきて、牛車が入っていく。
入りきると、跳ね橋が跳ね上げられた。
ここが、これが、グランディールなのか?
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