第58話・捨てられていた二人

「あなたたちがここにいるということは、私たちを追ってきたのでしょう」


 即座に町長の仮面つけて、喚き散らす相手に向かって声をかける。


「こちらとしてはまだ町の居場所ややっていることを知られたくないんです。ですからピーラー氏についてこられるわけにはいかなかった」


 知るかそんなこと、という罵声が聞こえる。


 そうだよなあ。ポルティアは依頼されただけ。もう一人いる女の人も、多分同じにピーラーに依頼された……あのスキルをアイテムに込めたあれを作った人だろう。


「とりあえず、飲み物と食事を持ってきました」


 罵声がぴたり、と消える。


「混ぜ物などは入っていません。この場所には水も何もないはず。多分、あなたたちが一番必要なものだと思いますが」


 しばらく、沈黙。


「……下がったほうがいんじゃね?」


 ソルダートが小声で問う。


「うん、警戒はされまくっている」


「なら――」


「だからこそ、ここで引けばあの人たちはこっちを信じてくれないよ」


「町長……」


 ぼくはソルダートの前に出た。シートスがそのすぐ後ろに並ぶ。


「とりあえず、食事と水を取ってから、話しませんか?」


 しばらく、沈黙が続き。


 やつれた男女がふらふらと現れた。


 一人は……ポルティアだ。


 もう一人は、短い髪の女の人。


 ぼくはすたすたと歩いていく。


 ポルティアは歯を食いしばって剣を構えるけど、その剣が震えている。


 ぼくは柔らかいパンと薄いワインの水袋を持っていて、シートスがぼくの隣に並んで、深い二つの器を取り出す。ふわりと漂う美味しそうな香り。


 シートスは空間の狭間に物を入れて触れずに持ち歩くことが出来る。彼女が「食品保存」した食品は、それ以上腐らないし冷めないし温くならない。ただし、食品とその器以外は「保存」出来ないんだそうで。盗賊時代はこれで奪った食品を楽々運んでたんだそうだ。


「あ……ああ」


 恐る恐る女の方が近づく。


「毒……とか」


「入っていません。何なら毒見しても構いませんが」


 ぼくがパンを一口食べ、シートスが器のスープを口に入れる。


「ほら、大丈夫」


 ポルティアが恐る恐る受け取って、一口、ワインを飲む。


 続いて、ぐいぐいと一気に飲み干す。


 水袋一袋分の薄いワインを一気に飲み干した。


 座り込んで、パンを食らう。


 女の人はスープをちびちびと飲んでいる。


 座り込んでいるというのはすぐに攻撃態勢に移ることはないってことだ。


 ぼくも座って、二人の食べる様子を見ていた。


 ここを去って五日。少し街道を外れているから、魔獣も割と当たり前に出る。徒歩の二人で抜けることは出来ない……ていうかポルティア、馬に乗ってたはずなのに。馬も連れてかれちゃったのかな。


 五日間ここに立てこもっていたのなら、いつ来てくれるか分からない誰かを延々待ち続ける……うわ、やってられない。


 食べ終わって、ポルティアも女の人も安心したように息を吐いた。


「……久しぶりの飯だった」


 ぼくとシートスが座ったまま、二人に向き直る。


「……悪い、助かった」


 ポルティアが頭を下げた。


「ピーラーにこいつと一緒に置いて行かれて、移動手段もなく、食事も水も取れずに参っていた。……だけど、何で」


「多分そうなるだろうなと思って来た」


 ポルティアが目を丸くした。


「ピーラーの性格からして、命令を遂行できなかった人間は切り捨てるだろうから、……どうなったか心配だった」


「……なんで」


「グランディールは、トラトーレとデレカートを紹介してくれた恩を、忘れていない」


 ポルティアが絶句したのを見て、ぼくは視線を短髪の女の方に向けた。


「あなたは?」


「ナーヤー。ナーヤー・ヒゥンです」


 ナーヤーは頭を下げた。


「あなたが、荷袋の留め具に仕込んだスキルの持ち主だね」


「……お分かりですか」


「ここでポルティアと二人取り残されたってことは、ポルティアと同じ失敗をした人間ってことになる」


 ナーヤーが俯いた。


「……すみません」


 ポツリ、ポツリと喋り出すナーヤー。


 ピーラーの演劇を見て惚れ込み、ピーラーの傍に居たいと願い、彼の愛人の一人となって傍に居て、ピーラーもそのスキルの便利さを利用していたこと。


 彼女のスキルは、想像通り、物品や人などに「匂い」をつけて、その居場所を追跡できる「跡追い」で、それで二重にぼくらを追っていたこと。


 いつもならそれだけで大丈夫なのに、今回に限って「匂い」を見つけられ、それによってピーラーにポルティアごと捨てられたこと。


 自分には大して戦闘能力がないし武器も持っていないので、ポルティアと共にここに閉じこもるしかなかったこと。


「……ひでーな。ひでーよ」


 ソルダートが呟く。


「一つの失敗で人を放り出すなんざ、人間のやるこっちゃねーよ。ピーラーってのは、そんなにお偉い人なのかね」


「少なくとも俳優で金はデカい」


 ポルティアは呟いた。


「その金でスピティの町にも発言権がある。トラトーレが逆らえないことでも悟ったろう」

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