第89話・畑から見える景色

 ヨモギを首につけたまま、頭の上にエキャルを乗っけして歩いていく。


 畑の方は比較的穏やかで、作業に勤しんでいる人の姿が何人も見える。ヒロント長老がぼくの顔を見て手を振った。


「畑の方はどう?」


「特にこれと言って問題はないよ。儂のやることも少ないしの」


 ヒロント長老は畑の代表みたいなもので、畑で働く人たちを取りまとめている。


「新しい人からの苦情とかは?」


 にっこり微笑んで首を横に振られたので、それは良かったと顔が緩む。


「ああ、一つだけあったか」


「何?!」


 顔をあげて食いつくぼくに、ヒロント長老苦笑。


「子供が遊んで畑に入り込むことが……」


「ああ……」


 どの町でも子供の遊ぶスペースって言うのはあんまりない。スキルとそのレベルで住む町が決まる世の中では、子供は正式に町の住民ではなく、成長して役に立つのかがさっぱりわからないので基本的な勉強しか教えない。スキルが判明してから本格的な勉強になるんで、ランクの低い町だと子供は下手すると自分の名前しか書けないというパターンもある。


 グランディールは近いうちに学問所を作りたいと思っている。子供が増えたんで、みんなに読み書きと計算、あと印の作り方を教えるところがあればいいなあと、何となく。


 でもまだ出来てないので、邪魔にならない限り町の中を歩き回ってもいいという許可を出してあったけど、畑に入り込まれるとなあ……。


「畑に柵作る?」


「そうですな、柵があれば入ってはいけないことが分かる」


 ぼくは柵の形を考えて、スキルを発動。


 畑を取り囲むように、子供には背の高い柵を作った。出入り口も簡単な鍵がかかるようにしてある。


「こんな感じで?」


「十分ですな」


 ヒロント長老が頷く。


「多分畑が広がれば柵もそれを取り囲んでくれましょうな」


 で、と長老の視線が上に。


「伝令鳥をお買いになられましたか」


「宣伝鳥も近いうちに買おうと思ってるけど」


 ぼくは頭の上に手をやる。ふかっという羽毛の感触と手に押し付けられる丸みを帯びた形。


「とりあえずぼくが飼ってみて、どんな感じなのかを見たいってアパルもサージュも言ってたし」


「そうですか」


 長老は目を細めてエキャルを見る。


「最初に送りたい相手はどなたですかな?」


「ん~……個人的な話になって悪いけど」


 手を挙げてエキャルを撫でながら答える。


「両親に」


「そう言えば、エアヴァクセンにご両親がいらしたか」


「スキル的にはしょぼいけど、レベルが高くてエアヴァクセンに留まれてた。ぼくが結構エアヴァクセンに残る気満々だったのも、両親が高レベル上限だったからなんだ」


「ああ……。レベル上限が高ければどんなスキルでもエアヴァクセンの町長ミアストは受け入れてましたな」


「そ。火種づくりに水滴集め、だけどレベル上限が6000以上だったから」


 ぼくは、腰にぶら下げてある袋に手を突っ込んで、それを取り出した。


「それは?」


「エアヴァクセンから追い出される時、両親が役人に頭下げまくってぼくに持たせてくれたもの」


 「必ず火がつくほくち箱」と「水の尽きない水筒」。


「火と水は持たせてくれたのですな」


「うん。これがあったから、まだ何とかサバイバルでも生きていけるかもと思った」


「確かに、火と水の確保は絶対必要ですからな」


「アナイナがついてきたのが予想外で、個人的には帰ってもらいたかったんだけど、ぼくと一緒じゃないと帰らないとか滅茶苦茶言い出して……」


「追い出された人間と一緒に帰っても、片方が追い出されるだけだと思いますが」


「うん。だから、町の近くまで行ってぼくが姿見せて、見張りが追い出そうとしたところで回れ右してアナイナだけ捕まえてもらおうかとも思ってたんだけど、そこで長老たちが出てきたんで」


「そうそう、そうでしたな」


 ほっほっほ、と笑うこの老人が、かつて盗賊団のリーダーだったなんて、誰も信じやしないだろう。


 元盗賊組も、随分と顔つきが柔らかくなった。


「で、ぼくの無事とアナイナの無事を伝えたくて」


「確かに普通の手紙では入り口で引っ掛かって、何故追放者が手紙など……と騒ぎになりますからな」


「そう。だから伝令鳥。スキルで辿られることもないし」


「グランディールをまだミアストは知らんでしょうな」


「陶器の宣伝を始めれば、気付かざるを得ないだろうけど」


 ぼくの顔も自然に渋いものになる。


「でも、いきなりCランクになった町の町長がかつて追い出した低レベル上限のぼくだと気付くとは思えないね」


「ですが、グランディール内部を調べに来るやもしれませんな」


「門から来なければ入れないのは分かっているけど、門番は今のところソルダートとキーパの二交代制だから、人数を増やすかより外の人間が入り辛いようにするか……」


 う~ん、と空を見上げ、そして顔を戻す。


「ありがとう長老、必要なことが分かった」


「いえいえ、町長のお役に立てて光栄です」


 とりあえず、門の強化。


 あと学問所も二人に相談しないと。


 メモメモ。メモとっとこ。

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