第259話・大神官到着

「ほぼ町全体かあ……」


 アパルが自分の髪の毛を掻きまわしながら唸る。


「外の人に神殿を褒められたのと、聖職者が四人も出来たので、完璧調子乗ってんなー……」


 うちの大神官も呻いている。


「神殿も東のシエルさんとかの協力がなきゃあんなに立派にはならなかったし、自分たちが中に入れてもらったのも忘れてる……祈りの民じゃないよこれ調子乗りの民だよ」


「アナイナまで自分たちのって言い出しそうだなこの分だと」


「言ってる既に」


「言ってるのか?」


 サージュの言葉に深刻な顔で頷くラガッツォ。


「言ってたろ? ヴァリエさんがアナイナ送った後、何でお前みたいなのが聖女を送るんだって因縁つけたヤツが」


「ああ、そうか、そうだったな」


 昨日のうちにまとめたはずなのに、朝早くから次々情報が来るのでさすがのサージュも即座に思い出せないようになっている。こんな悪い意味での情報量の多さは初めて。


 ぼくもヒロント長老や、陶器工房や陶器商会のアイゲンとかから聞いた話を出す。陶器の方は、聖女様と大神官様に捧げる陶器を……だけかと思ったら、他の神殿に送りつける適当な陶器を……ってふざけた注文が来たとお怒りの報告。他の町の神殿に陶器を送るという根性が信じられんとアイゲン会長おかんむり


 他の町まで見下し始めるってどうよ。


 そこにマーリチクに留守番を任せてこっそり神殿を抜け出してきたアナイナとヴァチカもやってきた。


「滅茶苦茶じゃん!」


 現在進行形で入ってきている問題を知って、怒り狂っているのがアナイナ。


「ん~……あたしもここ来て報告受けなかったら、みんなのこと信じて町に文句言ってたかもしんない……」


 アナイナより冷静に判断しているのがヴァチカ。


「うん、多分西の人たち浮かれすぎちゃってやっていいことと悪いことの区別がついてないっぽい」


 ぼくも溜息が止まらない。


「まあ、今までが上手く行きすぎていたんだな」


 イライラが過ぎて無表情になったサージュが呟く。


 確かにな。今まで住んでいた場所も環境も関係も全く異なる町で暮らすっていうのは、色々問題が起きて当たり前なんだよな。それが今まで起きなかったのは……。


 …………。


 これ以上考えない方がよさそうだ。


「プレーテ大神官に渡す問題点のレポートはまとまった?」


「まとめた……」


 書き終わった途端机に突っ伏したアパル。上がった右手がプルプル痙攣けいれん。右手を酷使して疲れ切ったらしい。でもこのメンバーの中では一番字が綺麗だから仕方ない。


 とにかく、問題点をまとめてプレーテ大神官に一時間ほどで理解してもらって西の民の代表を集めてこの事実を伝えて……あああ胃が痛い。


 そこへ、エキャルが飛んできてプレーテ大神官が到着したことを教えてくれた。



     ◇     ◇     ◇



 西の民にプレーテ大神官が来ると伝えると大騒ぎになりそうなので、その時間の門番もソルダートに頼み、プレーテ大神官が来た直後にアレの移動で会議堂へそのまま来てもらうことにした。


 神殿の見学とかは話が終わった後にしてもらう。


 とにかく現状を何とかしないと……。



「失礼します」


 アレに案内されて入って来た大神官に、その場にいた全員が立ち上がって頭を下げた。


「済みませんな、あの時もっと言っておくべきでしたか」


「いえ、私たちが上手くやれなかったのですから」


 いいやとプレーテ大神官は首を横に振る。


「人を治めるというのは難しいこと。若い皆様が上手くやれなくて当然なのです。むしろ今までが上手く行きすぎていると思わせるものがありますな」


 ……うん、多分精霊神の加護とやらが付きまとっていたからだと思う。


 これから先、それが望めないというのであれば。


「これから先の町の治め方を知るためにも、プレーテ大神官に御力をお借りしたい」


 ぼくは深々と頭を下げた。


「……この老骨で出来ることがあれば、何でも教えましょう。とりあえず今は、この事態の解決ですか」


「はい」


 アパルがまとめた西の民のやらかしのまとめを読んでもらう。


 じっと目を細めて書類を見つめていたプレーテ大神官は、息を吐いて書類を置いた。


「西の民、らしきことですな」


「……おれたちは、そういう民だってことでしょうか」


 ラガッツォが暗い顔をして聞いた。


「いや、いいや、ラガッツォ大神官。決してそういう理由ではありません」


 プレーテ大神官はゆっくりと首を振る。


「わたくしが言いたいのは、これはどの民にも在り得ることだということ。ただ、信じることを力とする西の民は、信じ過ぎるがために、信じぬ他を見下す……そういう傾向があるということです」


 ラガッツォとヴァチカが暗い顔をして俯いた。


「信仰心は人を計る指針ではあります。ですが、信仰心だけが人を決めるのではありません。それは、聖職者であるお二人や、町を治める皆様であれば分かるのではありませんか?」


 重い言葉。


 そこにいた全員は、その言葉に大きく頷いた。もちろんぼくも。

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