第75話・食堂にて

「とりあえず食事に行こうか?」


「行こうか?」


「クイネが、まずぼくに食べてもらいたいって言ってるんだ。行く?」


「行く!」


 会議堂の近くにある食堂に向かう。


 それまでは自分の家で料理をしていた。……と言っても料理を作れる人はあんまりいなかったので、料理が出来る人の家に行ったり、ただひたすら暖炉で焼いたり。


 だから、クイネが作りたいと言った食堂は、本当にありがたかったのだ。


 ついでに言うと、同じくファヤンスから来てくれたアルトス・フリエーブもありがたい。


 彼はパン職人。スキルもまんま「パン」で、パンを作るのが好きな人。これまでグランディールにはパンを作れる人がいなかったので、スピティとかから買ってきていたのだ。小麦粉はあるのにね! で、アルトスが来てくれて町の人間分を賄えるパンを焼いてくれるので、パンに困ることはなくなった。


 最初のメニューはなんだろな。楽しみにしながら、食堂のドアを抜ける。


「すいません、まだ営業は……。あ、わが……町長!」


「ヴァリエ?!」


 自称騎士なヴァリエが、エプロン姿で出迎えてくれた。


「給仕の職に就いたの?」


「はい! 剣が使えようと忠誠を誓おうと、騎士のままではこの町に何も出来ていないのと同じですので……練習で」


「練習」


「はい! 町長に「入れるんじゃなかった」と思わせるようではいけないと、そう思いまして」


「ヴァリエ! 立ち話するんじゃない!」


 奥からクイネの声が飛んでくる。


「町長がいらしたのか?」


「はい!」


「練習通りに席へ案内するんだ」


「あ、こ、こちらへどうぞ!」


 窓際の席に案内してくれる。


「今日食べられるのは?」


「豚のジンジャー焼き、です!」


「じゃあパンとそれを二人分」


「はい! ありがとうございます!」


 ヴァリエは深々と頭を下げて奥へ引っ込んで行って、水とお手拭きを持ってきた。


「本当はわたしもやってみたかったんだけど」


 アナイナは水を一口飲みながら言った。


「成人じゃないからダメだって」


「そうだな、お前は来年にならないとな」


 アナイナは町のことによく口を突っ込んで来るので忘れがちだけど、まだ成人には半年くらいあるのだ。


 未成年用の学校もいるなあ。


 考えながら料理を待つ。


 しばらくして、何とも食欲をそそる香りと共に、味付けされた豚肉が運ばれてきた。


「パンに挟んで食べても美味しいですよ」


 笑顔で言うヴァリエのお勧めに、パンに切れ目を入れてもらって挟んでみる。


 ぱくり。もぐもぐ。


「ん、んまい」


「美味しいね」


 舌鼓したつづみを打ちながら食べる。


 奥からクイネが出てきた。


「町長」


「クイネ。仕事の方はどう?」


 いかめしいクイネの顔に笑みが浮かぶ。


「店も設備も容器の一つすら自分の望み通りの店を出されて喜ばないヤツはいませんよ、町長」


「それは用意したんじゃなくてクイネの要望が現実化されただけ」


「でもそうなるようにしたのは町長でしょう?」


 クイネはニカッと笑った。


「感謝してるんですよ。絵付なんて全く興味なかったのに、成人して「鑑定」されてスキルがあるならやれって言われて実際できても嬉しくもなんともない。昔から好きだった料理は全然やらせてもらえなかった。町長デスポタにも嫌気がさしていたところで助けに来てくれた上に絵付と関わらなくて済むって言われたらもう最高としか言えませんよ」


「うん、レベル9000の「絵付」より、美味い料理の方がずっと人を幸せにする」


「美味しい! 美味しい!」


「ところで、明日にでもスピティに行くとか」


 クイネが少し眉間にしわを寄せて聞いてきた。


「うん。みんなの協力で執務机も出来たしね」


 人口が増えたからか、みんなで作った執務机はリクエストよりかーなーりーご立派なものとなってしまった。受け取れませんとか言われたらどうしよう。


町長デスポタと、ピーラーにお気をつけて」


「うん、分かってる」


 デスポタがぼくとの面会を受け入れたのはスピティで卸している家具の評判がファヤンスにも届いたから。商会を通してはいないけれど、スピティに行けば関係者がいると思われる可能性も高い。そしてピーラー。一度は逃げ切ったけど、今度は逃がさないようにどんな手段を用意しているか分からない。


「本当はお兄ちゃんが行かないのが一番なんだけど」


 アナイナが少し不安そうにぼくを見る。


「グランディールはCランクなんでしょ? EとかDみたく町長が出向かなくてもいいんじゃ」


「いいや、知名度がないのが、ランクが上がらない理由だ。知名度を上げるには町長が出歩いて町の評判を高めるのが一番いい。町長が何もしないで知名度を保てるのはSランク以上だけだよ」


「悩ましい所ですな」


「全くね」


 豚肉とパンを口の中に入れて噛む。うん……噛むと……ジンジャーの味がして……パンと合って……美味い。


「ヴァローレとリュー、アレ、アパルとサージュ。この五人は確実に連れて行かないとね」


「「鑑定」「移動」「場所特定」そして頭脳派ですね。それだけ揃っていればまず大丈夫でしょうが」


「大丈夫って言えば」


 指についた肉汁を行儀悪く舐めながら、ぼくはクイネを見返し。

 

「ピェツは今、何やってるんだ?」


「ああ、彼はパン屋の窯の温度調整を」


 クイネが苦笑する。


「成人するまで地味な少年で、鑑定されてからほぼ町長デスポタに監視されてたんで、将来の夢とかなんとか考えていられなかったそうで。今はとりあえず出来ることをってんで陶器の窯とか料理窯とかの手伝いに駆り出されてるんですよ。時々うちの窯も」


「結局窯か……本人嫌がってない?」


「いえ、町長デスポタに強制されて出来て当たり前の扱いを受けていた頃より、拒絶権があって、やると感謝されて、美味しい物とかをもらえる今は、楽しいようですよ。クレー町長に礼を言いたがっていた。今度顔を出してやってください」

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