第147話・帰り路の心配

 時計の針は進み、話し合いを数人と。


 昼休憩を面会室で食べ、トイレも済ませて、いよいよミアストとの対面!


 ……来ない。


 三分待っても……来ない。


 十分待っても……来ない。


 ……もう四半刻経った。


 話し合いは一人半刻。なのにその半分経っても来ない。


 ……はあ。


 時間の半分が過ぎてこないというなら、もう話をする気もないんだろう。


「アパル」


 ぼくは背後に佇むアパルを振り返った。


「ミアスト町長が来る気があるかないか、確認してくれ」


「畏まりました」


 アパルが深々と礼をして、扉を細く開けて外へ。


 扉が閉まり、また開く。


「ミアスト町長はいらしてないそうです」


 来なかったか。


 胸元のボタンを一つ外して深呼吸。


 とりあえずここでの対面は免れたけど、まだ続きがある。


 さて、次の襲来はパーティーか、それとも帰り道か。


 それまでに対応を考えておかなければならないな。


 アパルが定位置に戻って、左右からはあ、と息を吐く音が聞こえる。


 二人も緊張……いや警戒してたんだな。


 ミアストがどういう手段を取ってくるか分からないから。


 実は、ここで来て話を全部終わらせられるのが一番いいことだった。


 詐欺に掛けた他の町長の目もあって、迂闊な行動は出来ないからだ。


 次は、パーティーに来ること。


 それも、他の町の人の目がある。


 周りに味方は自分の連れてきた側近が二人。何人連れてこの町に来ても、面談でもパーティーでも参加できるのは、宣伝鳥で招待されたか伝令鳥で参加希望してきた本人と、あと二人だけ。


 となると、帰り路だな。


 この町はエアヴァクセンからそれなりに離れているから、何処かで宿を取っているのは確実。


 あの性格で野宿とかはできない。ある程度以上の宿でこちらを伺いながら文句を言ってるんだろう。


 それと同時に、スピティから出る道を全て見張っていたとしても不思議には思わない。


 スピティの近くには、スピティのおこぼれで動いている村や集合体が結構ある。そんな彼らに金なりなんなりを与えて、見張らせるくらい楽勝。


 あ。嫌なことに気付いた。


 帰り路では、ついでに、多分グランディールと言う町に興味津々で一度見てみたいと思っている町長たちの目も晦まさなきゃならないんだ。


 あ~こりゃ大変だ。解決策なんてないんじゃないか?


 僕が悩んでいる間も時間は進み、アパルとアイゲンが外で時間変更の話し合いをしている時、サージュが小声で話しかけてきた。


「何か解決策は?」


「何も」


 金茶の髪を掻きまわす。くしゃくしゃになった髪の毛に、サージュは何処から出したかくしを入れながら、あることを言った。


「……正気?」


「正気」


 町長の仮面をつけていても動揺するくらいの作戦に、サージュは頷き、もう一度言った。


「そして、本気だとも」


「だけど……」


「後でアパルとも相談する。パーティー中に来ればそれでよし、でなければ帰り路に、ミアストにつけられるだけならばまだいいが、俺たちの目が届かない即売会メンバー辺りが襲われるかもしれないぞ」


 人質にされて、お前は見捨てられるのか?


 そう言い返され、ぼくは口をつぐむ。


 町民を人質に取られて、それを見捨てるという選択肢はぼくにはない。


 町に属する人を必ず助ける。それが町長として為すべき最低限にして最大のこと、だとぼくは思っている。


 確かに……だけど……不安要素しかない作戦……。


「今は目の前のことを一つずつ片付けていかなければならない」


 サージュは淡々と言う。


「後で困ることになったら、その時考えるしかない。今はベストの選択よりベターな選択をするべきだ」


 正論だ。


 何も作戦を考え付かないなら……サージュの作戦で行くしかない。


 確かに彼の作戦であればエアヴァクセンも他の町長たちもぼくたちの後を追ってこられない。


 でも、前提条件を大きくひっくり返した策……。


 どうなるか、想像もつかない。


 だけど、それしか策が思いつかないのならそれをやるしかない。


 次の面会相手と向き合う。


 帰り路の心配をしながら……。



     ◇     ◇     ◇



 パーティーは、スピティの料理人が手塩にかけた美味が集まった。


 グランディールの参加者は全員参加可能、スピティや近隣の有力者、招待した町長についてきたお供、色々な人が美味を楽しんでいる。


 その陰で、ぼくを盾に、アパルとサージュが話し合っている。


「……確かに、それしかないかもしれない……現状では」


 アパルの小さな声を、ぼくの耳が拾った。


「だけど、後が厄介になるのも想定済みかい?」


「今この場を乗り切るには、目の前のことだけを解決するしかない。先を考えすぎれば俺たちも町長クレーも動けなくなる」


「確かにそうだ……」


 アパルの沈んだ声。


「ここに集まった面々のほとんどが町長クレーを気に入っている。そして、グランディールに興味を持っている……」


「敵はミアストだけじゃない。味方の中にだって将来の敵がいる。だが、今を乗り切るしかない。今を乗り切るには、先のことを考えてはいけない」


 どうやらあの作戦で行く方に決まりそうだな。


 アパルとサージュ、エアヴァクセン出身で性格も似ていると思われがちだけど、実はかなり違う。


 アパルは比較的常識人。積み重ねた経験から答えを導き出す。


 一方サージュは天才型。前例がない答えを出すことが多い。


 アパルの作戦は穏便に平穏に済ませることを目的としているけど、サージュの作戦は思い付いたことを行けそうなら実行する。


「ミアストがこのパーティーに来ていないというのであれば、確実に帰り路を狙う。一人でも人質が出てみろ、町長クレーは身動きが取れなくなって、グランディールはヤツのものになる」

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