第561話・物質の本質
フォンセが簡単にやっていたことは、ぼくには命に引っ掛かることだった。
うん、肉体を持っていなければ力が体から出ていくだけで済むけど、肉体って器から放出できずに体内を乱反射しまくった結果内臓の位置がぐちゃぐちゃになったという。
そして、真名らしきものは何も感じられず。
骨折り損のくたびれ儲けとでも言うんでしょうか。
軽くお腹を辺りを撫でる。
胃袋も何か変な形になってたしなあ。
「良かったじゃない、臓器に傷がなかっただけでも」
うん、それはそうなんだけどね? 内臓の位置がおかしくなるって気持ち悪いです。いや肉体があるからそう言うことになったんですけど。
「まだ試す?」
もしかしたら次はもっと上手くいくかもしれない。一つ力の質の候補が削れたわけだし。
だけど、自分の力の質を変えるってどういう意味なんだ?
……そこからか。
力の質を変える方法を学んで、その変えた力で真名に影響を与えてみる。
これなら、両方を試せる。
「内臓の位置おかしくなったくらいじゃ諦めないってのは美徳なのかしら欠点なのかしら」
「……みんなに聞いたら多分「欠点!」って言われると思います」
「分かってるならやらなきゃいいでしょうに」
「それでも試してみるよ。真名が見つかればかなり力の習得が早くなるって言う話だろ?」
「そう言う話だけど」
フォンセは首を竦めた。
「あなた、
「痛い目に遭って喜ぶ趣味はありません」
「どう見ても痛い目見て喜んでるじゃない」
「そんな趣味は本当にありません。単に時間短縮したいだけです」
いや本当だって。そんな疑わしい目をしないでください。痛いのは嫌だし辛いのは御免だし悲しいのは勘弁です。ただ、短気なだけなんです。
はふ、と息を吐いて、フォンセは改めてぼくを見た。
「じゃあ、エキャルが帰ってくるまで、引き続き転移の訓練」
「転移……」
エキャルが飛んで行ってから、精神転移の訓練に入っている。
転移得意な眷属を創っちゃったんですが。
「あの子はエキャルに憑けたでしょ」
「上手く着いたかな」
「ちゃんと大凍山脈転移して越えてるわよ。もうグランディールについてる」
「すご」
「おかげで町の極々一部の人たちは大パニックよ」
すいません、アナイナにはどうせバレるのでバラしてみました。帰ってから説明するのが面倒なので……。ティーアたちにも聞かれたら好きにしてくれって言ったので大パニックなのは彼らだろう。ゴメン。
「あなたはもっと自由自在に転移できるようにならないと。しかも肉体をやらなきゃなんだから、真剣にやらないと体を置いて心だけ転移してるとかその逆かってことになりかねないわよ」
「……体と心の分裂?」
「そう。心だけを転移させるのは、私たち精霊のように遠くの光景を見たりするのに使ったりもするけど、体が勝手にどこか行っちゃって、精神が行けないなんてことになったらどうなるかしら? 体が何処かの獣に食われても文句言えないってことになる」
「……精神をがっちり肉体に食い込ませておくのはどうでしょう。肉体から精神が外れないように」
「精神だけで転移することもできないわよ?」
「転移しなきゃいいでしょ」
「精神だけの転移を抑えておかないと肉体同時の転移も出来ないわよ」
「はふい」
「何その返事」
「はいと言おうとしたら溜息が混じりました」
「真面目に訓練しなさいね。もう半日経ってるんだから」
「げ」
光を届けるのみの太陽が西の空にかかっている。
「はいはいあと二日半。今度は肉体転移の訓練」
「ふへい」
「溜息交じりの返事はしない」
「はい」
「じゃあ、まず肉体を粉々にする訓練」
はい?
「粉々、て、そんな」
いきなりの無茶ぶりに真っ青になってると、フォンセは平然とこっちを見ている。
「当然でしょ?」
「……粉々になったら戻れませんが」
「……ああ、そっか。あなた基本人間だから転移の正体知らないのよね」
「知りません!」
「これは神じゃなく、スキル学になるけれど、スキル学とした方があなたも納得しやすいでしょうし。……説明するとね、「転移」系の瞬間移動スキルは、一旦今の場所にある肉体を粉々にする。……つまり、一番小さいものに分ける」
「ものに分けるとどうなるの?」
「これは人間のスキル学者も分かっていることなんだけど、肉体だけでなく、物質の一番小さい形は、「情報」なの」
「情報……?」
「子供の作り方は流石に知ってるわよね。あれも、雄性の情報を雌性の情報に組み込んで、その情報が組み合わさって肉体を作るわけ。つまり、その時の肉体を形作っている「情報」を正確に記憶できていれば、その時の正確な肉体の再現も不可能じゃない。そう言うこと」
「つまり……えーと、体を情報に変えて、それを精神に組み込んで別の場所に転移して、その情報に力を与えて肉体を再現する、ってこと?」
「スキル学的にはそう。転移系のスキルを持っている人はグランディールにも居るでしょう。彼らはスキルで無意識にそれをやっている。でも、あなたはそのスキルもなかったから、意識してそれをやらなきゃいけないの。肉体を情報に変換、精神の中に正確な情報を記憶、転移、それを転移先で再現」
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