第197話・ヴァラカイの町長

 やがて、東の方に結構大きな町が見えてきた。


 「西の果ての町」とも呼ばれるAランクの町。日没荒野信仰の本拠地。人々の住まう森と、精霊神が道を閉ざしたとされる精霊界へ続くといわれる荒野の狭間にあって、境界線を成す所。


 ヴァラカイの町だ。


 ヴァラカイから小さな影が飛び上がって、こっちに向かってくる。


 宣伝鳥だ。


 伝令鳥の代わりご苦労様。


 ねぎらってからティーアに頼んで鳥部屋へ連れて行ってもらうと、変えてもらった髪と目、町長の正装で、門に向かう。


 ソルダートとキーパが頷き、ぼくとアパルを挟んで、下降門に踏み込む。


 落ちるような感覚があって、次の瞬間、ヴァラカイの前に立つ。


 神経質そうな男が手を広げて、引きつった笑顔を浮かべた。


「お、ひ、久しぶり」


「お久しぶりです、ザフト町長」


 ぼくは町長の仮面を被ってにこやかな笑顔で進み出てその手を握る。


「い、いつ、グランディールを、この目で、見ら、れるか、楽しみにしていたよ」


 言葉がつっかえつっかえしている。顔がぴくぴくと痙攣けいれんしている。


 一見神経質で町長など務まるのかと不安にさせる話し方だけど、ぼくは知っている。この人のはこの人用の町長の仮面なのだと。


 引きつった笑顔のザフト・ザーパット町長と笑顔で挨拶を交わすと、町長は軽く片手を上げた。


 大量の荷物。


「避難民、用の、食糧を、じゅじゅ、準備、しました。受け取っていただけると、あ、あ、ありがたい」


「ありがとうございます」


 笑顔で深々と頭を下げる。


「町長、積み込みはサージュに」


 ぼくはアパルに頷きかけると、アパルは先に上昇門へ行く。


「積み込みもこの門を使いますので、先に行きましょう」


「はは、はい。護衛をつ、つけたいが、よよろしいか」


勿論もちろん


 ヴァラカイの一団と一緒に、ぼくたちは上昇門に入った。



「……涼しい」


 ザフト町長の第一声が、それ。


 護衛の皆さんも見上げる空は、スピティのフューラー町長も見た空と同じ。


 蜘蛛の巣のように町を覆う水の流れ。


「なな、なるほど、水の網で、ね熱波を防いでいるのだな」


「ええ。急激な天候の悪化にも対応できます。強風も入って来ませんし」


「素晴らしい」


 ザフト町長は呆けたように空を見上げる。


「こ、ここ、コツを教えていただければ、あ、ありがたいが」


 あれ? 東の方じゃスピティが広げてるって言うのに。「西の果ての町」だから伝わっていないって可能性もあるけど。


 ここで下らない嫌がらせなんかしたくないし、素直に教えることにする。


「……この町に所属する人間で「水を作る」「水を動かす」「水を増やす」の三つのスキルがあれば」


「そ、それだけで宜しいのかな?」


 ヴァラカイも乾季が厳しい町で、Aランクだから、水系のスキル持ちは集めてるだろう。だからこその呆気にとられたような顔。


「別に今では水路天井はグランディールの専売特許ではありませんし。スピティが研究して、どの町でも条件が整えば使えるようになりましたから」


「よ宜しいのかな? グランディールが、造った、技術でしょうに」


「こちらは全然構いませんよ。家具と陶器で今のところは十分やっていけていますし」


「おど、おど、驚き、ですな」


「いえ、のようになりたくないだけです」


「ああ……」


 町の位置が離れていても、スピティの展示即売会でエアヴァクセンのやらかしを見ても聞いてもいるザフト町長はひくひくする唇をめくりあげて笑った。


「あ、あ、ああは、なりたくない、という、志があれば、大丈夫でしょう」


「ありがとうございます」


 ザフト町長はまずは避難民の様子を見たいと言って、出島へ続く、門のすぐそば、細い通路を通る。


 一応出入りは自由なんだけど、祈りの町の皆さんは遠慮深い。まだ町民ではない自分たちはあんまり行ってはいけないと子供にも言い聞かせ、普段は出島内から出てこない。町から持ち出した書物の手入れや体調を崩している人の面倒などを見ている。


 で、グランディールとしても避難民を閉じ込めておくのもあれなんで、未成年用のも青年用のも学問所をちょっと広げて、興味のある教科に参加できるようにした。あと、畑仕事なんかの手伝い志望者を集めて大急ぎ収穫を間に合わせている。


 祈りの町たちは神殿的には重要だけど、町的には全て揃ってEランク。学問所はなかったか、大人が必要なことをその度に教えるか。


 日没荒野なんて生きていくのが最優先だから、スキル教育も出来ない。稀に出る優秀なスキルの持ち主は高いランクの町を志して町を出て行く。よって、聖域を守る人は少なくなっていく。だから神殿の援助が必要。だけど神殿としては、人が巡礼しなくなった聖地を守る金はない。


 世知辛せちがらいねえ。


 似たような理由でヴァラカイも手を出さなかった。


 だからあれだけの支援物資を出したんだろうな。申し訳ないって気持ちがあったんだろうね。


 避難所で幼い子供の面倒を見ている老人が、ぼくの気配に顔を上げ、ん? と首を傾げる。ん? ……ああ、髪と目の色か。


「調子はどうですか?」


 笑顔で話しかけると、老人は深々と頭を下げる。


「おかげさまで。熱波も冷気もない世界に行けるとは思いませなんだ」

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