第55話・失敗した任務

「そう……だと思われるのですが……」


「なんだ、自信のない」


 馬に乗った男女五人がついてきて、森の中にいきなり現れた塀と門を見て唖然とする。


「グランディールの牛車があの門の中に入っていったのは見たのですが……声もしない、人の気配もない、牛車の音すらしない」


「見失った、のか?」


 ピーラーの視線が凍てつく。


「中に入っていった、それだけは確かです」


 依頼主ピーラーは怖い顔をする。


 彼の意向に従えなければ、ポルティアの未来はない。


 フリーの門番は所詮コウモリ。あっちにもこっちにもつくからこそ大きい稼ぎがあるのだが、あっちからもこっちからも見放されれば守ってくれる者はいない。だから、ポルティアはピーラーという保険をかけていた。彼に自分が見つけた才能のありそうな若手を商会に紹介すると同時にピーラーに教える。そうすればポルティアはピーラーのお気に入りとして、懐も温かくなるし名前も売れる。


 ピーラーの新人潰しに関わっていると言ってもいいが、ポルティアはそれは何とも思っていない。期待に応えきれず潰れる方が悪いのだ。


 だけど、グランディールが……あの若い町長が、ピーラーに逆らった。初めてピーラーの無茶に応えた町長が、別荘のデザインをしてくれという依頼を断った。見事な銀染めのグリフォンの紋章が入った幌を渡さなかった。


 これまで何人もの新人を潰してきたピーラーには、信じがたいことだった。


 これまでの新人は、何とか自分の注文に応えようと四苦八苦した。そして自分の期待を裏切って潰れて行った。もちろんピーラーは潰したくはなかった。ただ、一切の妥協をしなかった。それだけの話だ。


 新人は自分の意向に応じるもの。断るなんてありやしない。


 そういう反発心。そして、それ以上に沸き起こった好奇心。


 グランディールはどんな町なのか。


 あの町長が率いる町はどんなものなのか。


 見てみたい。


 ……見てみたい!


 だから荷物にスキル「跡追い」を込めたアイテムを混ぜ込み、自分ポルティアを使って後を追わせたのだ。直接町へ行ってデザイナーと交渉しようと。自分の望むあれやこれやを作らせようと。


 だからこそ、ここで見失うわけにはいかなかった。スキルと人力で追跡させている。


「スキルアイテムはあの中なんだな?」


「はい、間違いなくあの中に」


 短髪の女性が頷く。


「よし」


 ピーラーは馬から飛び降り、跳ね橋を見上げた。


「グランディール町長殿!」


 舞台に響く大声を張り上げる。


「俺様はピーラー・シャオシュ! 町長と町のデザイナーに会いに来た!」


 静まり返った空気の中、ピーラーの声が木霊して聞こえる。


「どうか跳ね橋をあげられたい!」


 空気は動かない。


「……俺様を無視するのか」


 低い声には怒りがこもっていた。若い町に馬鹿にされているという怒りが。


「無理やり入るぞ、構わないな?!」


 返答なし。


 ピーラーは馬上の男に合図を送った。


「分かりました。「切断」!」


 男が馬上から手を突き出すと、跳ね橋を留めている縄を切った。


 ぎぎぎぃ、と跳ね橋が軋みながら降りてきて、ずん、と堀に通り道を作る。


 ピーラーは大股で入っていって、門を押し開けた。


「……な……」


 ポルティアはピーラーの後を追って走り、そして絶句した。


 そこには何もない。塀の他は、何も。


 のっぺりとした地面があるだけ。


「……だまされたのか」


 ぼそりとピーラーが呟いた。


「ここまで俺様を虚仮こけにするのか!」


 ポルティアは思わず膝をついた。


 短髪の女性も口を押えてその様子を眺めていたが、だっと走った。


 広場……いや空き地の中央付近に、は落ちていた。


 彼女が仕込んだスキルアイテム。スキルをアイテムに込めて、持っている限り世の果てまでも追跡できるそれが、絶対に見つからないと思っていたものが、地面の上に落ちていた。


「気付かれた……?」


 女は呟く。馬鹿な。今まで自分の「追跡」が気付かれたことはない。自分がアイテムを仕込んだ相手は、「追跡」されているとも知らず、目的地まで行ってしまう。それが、今回に限って……。


「一体、誰が……」


 考えられるとすれば「鑑定」辺り。だけど、スキルを「鑑定」出来る使い手は大体大きな町で大きな顔をしている。こんなところにふらりと現れたりはしない。


「ポルティア……」


 ピーラーの低い声にポルティアは震えあがった。この気紛れな雇い主は、しかし自分の命令に失敗した相手を罰する時だけは迷わない。


「これが、お前の、俺様への答えか……? 散々美味い汁を吸わせてやったというのに、その答えがこれか……?」


「ピーラー氏、私は」


「もう貴様には何もやらんし、何も受け取らん」


 ポルティアは真っ青になった。


「追跡しろと言ったのに、こんな門に囚われて、行く先すら見失った貴様を、俺様が使うことは、もうない」


「ピーラー氏!」


「ナーヤー、貴様もだ」


 ナーヤー……短髪の女性も震えあがった。


「一番欲しい奴だ、だから貴様とポルティアの二人がかりで追う。俺様は確かにそう言った。しかし貴様は見失った。グランディールという獲物を」


「ピーラー様、どうか……!」


「このだだっ広いグランディール紛いで、一生二人で過ごすんだな!」


 ピーラーは馬に飛び乗った。四人の取り巻きたちも。ピーラーはポルティアとナーヤーの乗っていた馬の尻を叩き、走らせる。


「ピーラー氏!」


「ピーラー様!」


 あっという間に、二人の視界からかつての雇い主の姿は消えてしまった。

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