第332話・アナイナ、泣く

 あ~。こりゃ、ダメだ。


 アナイナが一度と決めたら、もう絶対に引き下がらない。


 気紛れで、ワガママで、なのに頑固。


 ぼくも両親も小さい頃から何度も振り回された、そう言う特性。


 何事につけてぼくが一番で、ぼくを人の前に出して「自慢のお兄ちゃん」を見せびらかすのが大好き。


 これは……お兄ちゃんが神様になったのが嬉しくて、言いふらしたいのか?


 それは困る。


 ぼくが神様だって知られたら、それこそぼくの力を求めて大陸中の人間がグランディールに押し寄せる。飛んでいても乗用鳥や乗用飛行獣で押し寄せてくる。


 グランディール内でもそうだろうなあ。


 その一方で、命を狙われる危険性もある。


 精霊神の信者にとって、新しい神とは精霊神の威厳を貶める存在。そりゃあ敵だ。


 ぼくの力があるとはいえ、世間知らずでおまけに警戒心もないアナイナが大陸を放浪して布教するなんて。


 ……。


 うん、無理!


「アナイナ、諦めろ。お前のやろうとしていることに付き合うと、ぼくは寝る時間どころか休憩時間すらなくなる」


「妹を信用してないの?」


「お前が心配だから言ってるんだ」


「心配性だねお兄ちゃんは」


「心配かける妹がいるからだ」


 ぼくは渋い顔で言い返す。


「言っておくけど、お前の言ってることは無茶苦茶で、相当自分本位で、ぼくのことなんて考えてない」


「え? わたし、お兄ちゃんの為に一生懸命考えたんだよ?」


じゃないだろ。だろ」


 ぼくは敢えて冷酷に告げた。


「もっと言うなら、だろ」


 アナイナが棒を飲んだような顔になった。


「そんなこと」


「考えてないって言い切れるか? 昔っから何かって言うとぼくのことで自慢ばっかりしていたお前が。そんなことぼくには出来ないって言っても、お兄ちゃんは出来るんだもんって泣いて喚いたお前が。勝手にぼくが失敗しないと思い込んで、何でも出来ると思い込んで、出来なきゃ泣いて。そんなお前にぼくがどれくらい追い詰められていたのか、分かってるのか?」


 妹に期待されている兄が言っていいセリフじゃないってのは分かってる。アナイナを傷付ける言葉だというのも分かってる。


 でも、ここまで言わないとアナイナは引き下がらないというのは、十五年の経験で思い知っている。


 ここで甘い顔を見せて「分かった、お兄ちゃんがやってやる!」と言えば、アナイナのぼくへの、言ってしまえば無茶で暴走気味で無責任な「お兄ちゃん信仰」は倍増する。


「確かに今回心配をかけたのはぼくだ。精霊神への不平不満も分かる。でもさ、アナイナお前、ぼくのこと、全然見てないだろ?」


「見てるよ! わたしはちっちゃい頃から、「お兄ちゃん」を!」


「完璧超人、出来ないことは何もない、完璧な「お兄ちゃん」だろ?」


「間違ってないじゃない!」


「間違ってる! 大間違いだ!」


 ぼくもついに声を荒げた。


「お前、ぼくは精霊神の分霊ではあるけれど、何でもできる完璧神じゃないんだぞ! そもそも精霊神だって完璧じゃないのに、その下位に当たるぼくがお前の言うような完璧になれると思ってんのか! お前だけの無茶な理屈なんだよ! それにお前はぼくを精霊神と対抗する神にしたがっているけれど、ぼくが望んでいるのは人間としての生き方。お前の理想の神様になんてなってやる気もないんだよ!」


 アナイナはしばらく俯いていた。


 小刻みに震えている。


 言い過ぎたのは承知の上。でもここまで言い切って反論を許さないのがアナイナを抑え込むコツ。反論の余地を一個でも許したら、そこからガンガン畳みかけて来るのがアナイナだ。


「……もういい」


 低い声が聞こえた。


 やっと決め台詞が出たか。


「分かったならさっさと神殿に戻るんだ。聖女がフラフラしてたら色々言われる原因になる」


「お兄ちゃんはいつからそんな弱虫になったの」


「ぼくがこういう人間ってだけだ。お前が見間違っているだけで」


「お兄ちゃんの馬鹿! ワガママ! 弱虫!」


「何て言われても結構。ぼくは馬鹿でワガママで弱虫だってことをよーく知ってる。馬鹿だからお前の言っていることは分からないし、ワガママだからお前の言う通りにならないし、弱虫だから嫌なことはやりたくない」


 つっぱねる。


「わたし、お兄ちゃんの為に一生懸命考えたのに……こんな……こんな……お兄ちゃんなんか……お兄ちゃんなんか大嫌い!」


「嫌いで結構」


 ぼくは冷ややかに言った。


「妹だから、聖女だから何でも自分の好きなように行くなんて勘違いはするなよ。どんな立場であっても通らないことはある。今まで通ったのはお前がワガママを言い通しただけ。いい加減ワガママだけで何も通らないってことを学べ」


「うわああん!」


 アナイナは泣いて部屋を飛び出した。



「……ったく」


 大きく溜息をついて、ぼくはアナイナが座っていたベッドにダイブした。


 ったく、本当にあいつは成人した聖女なのか?


 ぼくの力を示して新しい神を大陸に作り、精霊神と対抗する。


 本人はいい考えだと思い込んでしまっているようだけど、これは下手したら大陸を揺るがす大惨事になりかねない。それを全然わかってない……分かってない!

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