第268話・精霊神と精霊小神と人間と
「繰り返さなきゃいい」
ぼくは、すすり泣く西の民を見渡し、リジェネさんに視線を合わせて、言う。
「それさえしなければ、ぼくらは許す。ただし、二回目はないと心得てもらいたい」
「そんな……それではクレー町長、あなたは私たちに甘すぎます! サージュ殿に指摘されてやっと気付いた、私たちの狭い世界の常識を広い世界に押し付けようとしていたことに……!」
そう。西はあまりに東と違う。
西の一番大きな町は東と西の境目にあるヴァラカイで、そこを出たら同じ大陸でももう全く違う世界だと考えたほうがいい。
西は作物も食物もあまりに少ない。そこで暮らせるのは精霊神に日没荒野を任せられたという誇りと信仰心があるんだろう。
……でも、東に憧れていたという理由も分かる。
雨季があって雨が降り、植物が生い茂り、獣が走り、収穫期には畑が金色に染まる。
西にはない糧がある。
西の民が心の奥底に必死で押し込めてきた疑問が一つ。
何故、ここまで信仰心の高い自分たちに、精霊神は恵みを与えてくれないのだろうかと。
精霊神ではなく精霊小神を頼る東はこんなにも豊かなのに、脇目もふらず信仰してる自分たちはこんなに貧しい。
精霊小神も精霊神の下にある存在ならば、自分たちの求めに応えて恵みを……でも精霊小神に願うのは精霊神への不敬だと。必死に精霊神に縋ってきた西の民。
だから、グランディールがやってきた時、それは精霊神から命じられた精霊小神の力だ、と判断したのだ。
やっと東と同じ糧が与えられる。東と同じ神殿が作れる。東と同じ豊かさが与えられる、と。
うん。でもね、豊かさには理由があるんですよ。
種を植え、育て、収穫する。家畜を増やし、育て、捌く。雨季の時期に水を溜め、乾季に備える。そのために溜池を作り、畑を耕し、牧草を植える。
ない時に備えるため、東の民は必死で働く。出来ないことを出来るように努力する。作物を改良し、家畜の良いものと良いものを掛け合わせ、少ない水で何とか乗り越えられるようにする。
東のどの町も、それを常識としてやっている。
精霊神ではなく精霊小神に頼るのも、確実に利を得るため。
「何でも叶えますよ本当に心から私のことを信じて私が与えることを信じればいつかきっと」な精霊神より、「動物を増やしますよ捧げものを備えれば」「収穫を増やしますよ神殿に来て祈れば」「雨を降らせますよ祭りを開いて生贄を捧げれば」な精霊小神を信仰するのは仕方ないと思うよ、ぼくは。うん。
東の民を支えてくれた精霊小神を馬鹿にするような行いも、かなり見られていた。
グランディールはどっちかって言うと町スキル信仰というかみんなの努力で頑張ってますなので精霊小神を馬鹿にしてもあんまり気にしないけどね? グランディールを出てその行いはヤバいよ? 考えてね?
と言うことを丁寧に言うと、西の民、しゅん。
「祈る相手が精霊神でも精霊小神でも、あるいは尊敬する人間でもいい。でも、祈る相手が違うからって相手を見下したりすることは東では通用しませんからね?」
「し……しかし、それは精霊神様には不敬なのでは……」
「人間に祈ることイコール人間に恵みをくれる精霊小神に祈ることイコール大陸を生み出した精霊神に祈ること。何の問題もないでしょう」
必死に反論してきた西の民さん沈没。
てか、言えないけど精霊神はぼくだからね。正確には精霊神の一割がぼくなんだけどね。ぼくの頭の中では尊敬される人間ってのは精霊や精霊小神、精霊神とも等しいと思ってるからね。ぼくがそう思ってるってことは、多分、
「要は、どんな相手でもまず自分と同じ立場だと認め、相手の意見を真っ向から否定せず、折れるんです。……別に皆さんに精霊小神を祈れなどと言いません。ただ、その祈りを持っている人も、相手は違えど自分たちと同じ信仰心を持っていると認めること。そこからではないでしょうか」
「その通りですなあ」
のんびりと後押ししてくれたのはプレーテ大神官。
「精霊神様の掟に精霊小神様を祈ることなかれと言うものはありません。むしろ精霊神様の下にあって大陸を守る精霊小神様や、その下で小さな力を振るう精霊たちを尊重すべきでしょうなあ」
「……申し訳ありません、町長……」
ぼくに頭を下げて来たのは、西の一人。
「私たちは町長も
ぐしゅんと鼻を鳴らしたのが、昨日、アナイナと出歩いていた時にいきなりアナイナに五体投地をかましてきょとんさせた人……プロセウケー、だったっけ? その人だと言うことを思い出した。
「ポリーティアーから連絡を受けた東の町長が、自ら助けに来てくれた……それだけでも我々は頭を下げて感謝しなければならないのに、見下し、馬鹿にし、他の民も同じようにした! 本当に! 本当に申し訳ありません!」
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