第21話・トラトーレとデレカート

 ぼくたちを迎えた門番が、少しして走って戻ってきた。


「グランディールと言うのは町の名ですか」


「小さいですが、町です。町長も印を持ってきています」


「町長……」


 サージュとアパルが視線でぼくを示し、ぼくはゆっくりと頷いた。


 門番と目が合う。


 緊張するな。悠然と、鷹揚に。


「お若いですな」


「新成人になってすぐ町を造られた傑物けつぶつです」


「このような家具を作れる町を造るとは、まさに傑物ですな」


 門番がにっこりと微笑む。さっきまでの適当な態度とは大違いだ。


「どちらのギルドに案内されますか」


「申し訳ない」


 門番は頭を下げた。


「トラトーレ商会とデレカート商会が私の報告に興味を持ったようで、どちらが先に見るかで揉めているんです」


 トラトーレ。デレカート。なんのこったか分からない。ただここで「それは何?」と聞いてはいけないということは分かっているから、ぼくは目を閉じて腕を組んだ。


「ほう。胆力もなかなかのものとお見受けしました。この商会のどちらかだけでもひっくり返る代表者がいるほどなのに、両方の名前を聞いて驚きもしないとは」


「それはこちらのセリフですよ」


 サージュさんが笑顔で話しかける。


「まさか初会で両方に話が行くとは思いませんでしたが、……まあ品には自信があるので」


 もう少々、こちらでお待ちくださいと、牛車はぎっしぎっしと門の中に入っていく。


 牛車が案内されたのは、豪華で大きい荷車が並ぶエリアだ。屋根があって、日光からは遮られる。


 ぼくは声を潜めて聞く。


「トラトーレとデレカートって? ……とは?」


 言葉! と目で叱られて、言い換える。


「スピティ家具ギルドの双璧と呼ばれているSランク商会です」


「……初会で見本を持ってきただけの町が案内されるような商会……じゃない、な」


 言葉遣いに気を付けてアパルに聞くと、頷き返される。


「この町で最も重要なのは門番です。商品を町に入れるかどうか、入れたとしてどの商会に繋ぐかを決める役割を持っているのですから。だから各商会は優秀な目利きを門番にして、自分の所に入れようとしています。私たちを担当したのはどうやらフリーの門番だったようですが、だからこそ一番大きい商会二つに連絡を入れてくれた。運がいいですよ、我々は」


 運がいいのか。ならいいや。ぼくは若い町長を演じていればいい。運が良ければグランディールの名が高くなるだろう。



 馬車の幌の外からざわめきが聞こえてくる。


「なんだ?」


 アパルが御者台に座っているサージュに聞こうと身動きした時、ざわめきがひときわ大きくなった。


 門番が幌の中に頭を突っ込んできた。


「申し訳ないが、家具を外に出してくれるでしょうか」


「? 家具を屋根があるとはいえ屋外に出せと言うことですか?」


「いや、商会長お二人が直々に出てきたのですが、どちらが先に家具を見るかで揉めだしそうで……」


「グランディールの町長殿! その家具を先にこのトラトーレに!」


「いや、デレカートに! ポルティアの認めた家具、真っ先に見るのはこちらだ!」


 外からいい年をした大人二人の声が聞こえる。


 ……どっちを先にしても文句が起きそうだ。なら、家具を出した方がいいかも知れない。


「町長?」


「……門番殿の提案がいいと思う」


 ぼくはそれだけ言った。


「分かりました町長。すいません、門番殿。手伝っていただけませんか」


「喜んで」


 門番は手袋をはめ、アパルとサージュが同じように手袋をはめて、もう一人門番が手伝って四人がかりでテーブルとタンスを下ろした。


 周りの立派な荷車や馬車の人間がほう、と息を吐く。


 知識担当のサージュが考え、美的担当シエルがいいセンスにして、グランディールのスキルで生み出したテーブルとタンス。


 地味に見えても華やかで、華やかだけどうるさすぎない。綺麗だ。


「おお……」


「これは……」


「こんな素晴らしい家具を作れる町がこのスピティの他にあったとは……」


「ぬ……ぬぬぬ」


 灰色の髪をしたおじさんが唸る。


「ポルティアから聞いた時は名のない町が……と思っていたが、来てよかった。スピティでも超一流じゃなければできない仕上がりだ……!」


 金の髪をした初老の男性が呟く。


「名のない町? 冗談ではない。よくもここまで隠し通せたものよ……。町長殿! 取引は是非ともデレカートに! 我がデレカート商会が、世界中にグランディールの名を広めて見せようぞ!」


「なっ! 出し抜きやがってこの野郎! 町長殿、トラトーレ商会にこそ扱わせてくれ! これだけの品、デレカートに奪われてなるものか!」


「今後の取引もデレカートに! これだけの品ならば何年待っても欲しいという買い手がつく!」


「いやトラトーレへ! 若き町長殿の感性を生かせるのはウチだ!」


 ……どうしよう。どうしたらいい?


 周りの目が痛い。


 こんな若い町長がSランク商会に引っ張りだこ、と言うのが悔しいんだろう。馬車や荷車の大きさや豪華さから見て、ここに車を止められるのは相当いい家具を作りスピティと取引している町に違いない。


 そんな中にぽっと出の町が来て、自分たちでもお目にかかれないようなSランクの商会がその品を取り合っている……面白くはないわな。

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