第224話・後の祭り

 ミアストは棚に飾られていた薄い透明な板をデスクの上に立て掛けた。


 次にデスクの引き出しを引き、横にある小さな金属の出っ張りを引っ張る。


 カコンッと音がして、そこから細い筒が出て来る。


 筒から更に箱を引っ張り出す。


 小さく書かれた数字の上に、薄い青色をした水晶の結晶のようなものがあった。


 指で数字を辿ると、その下の結晶の一個を取り出す。


 そして、デスクの上に立て掛けられた半透明の板の下部にある穴に結晶を入れる。


 半透明な板の真ん中に、小さな音と同時に、像が結ばれた。


 栗色の髪と青い瞳の少年が、口を開いて絶句している像。


 像の上に指を滑らせると、少年の顔が途端に縮み、その背景が出た。


 それは町のイベント広場で、「クレー・マークン/スキル「まちづくり」/初期レベルLv.1/レベル上限1.Max」と書かれている。


「レベル1マックス……レベル1……レベル1!」


 もう一度ミアストがデスクを叩く。


「レベルが1だから何もできないと思っていたのに! なのに!」


 空飛ぶ町を作り、空を行く水路を作り。


 町民の信頼を得。


 そして他の町とも仲良くやっていって。


 作られてからわずか一年で成人式と言うイベントを大々的に行えるようになったとは。


「冗談ではない……冗談では……」


 デスクの上に置かれた拳がブルブル震える。


「小僧が! 小僧めが!」


 目の前にいるのは、運命が急転直下して言葉も出なくなっている少年。


 髪と眼の色を変えて別人だと言っていたけれど、顔はそのままだ。ただ、何と言うか……ふてぶてしさと言うか。そういうものが目に宿っていた。


 祖父……尊敬する町長、レイター・スタットを、何処か思わせる雰囲気。


 それが忌々しくてならない。


 クレーの翡翠の瞳を見るたびに、その瞳を追いかける町民の目を見るたびに、祖父を思い出す。偉大だった祖父を。エアヴァクセン最盛期を導いていた祖父を。


 なのに、自分は……。


 いや。


 ミアストはすぐに顔をあげた。


 グランディールを取り込めれば。


 日没荒野近くの町をまとめて吸収し、更に大きくなったというグランディール。それをエアヴァクセンの一部にすれば、エアヴァクセンはそこから再出発できる!


 だが。


 新たに流れてきた噂に、ミアストの嫉妬心はまた燃え上がっていた。


 小僧は。


 神殿を。


 巨大な白亜の神殿を、作ったという。


 上位神殿であるスピティの神殿を……もちろんエアヴァクセンの上位神殿も……超える通常神殿を作り上げたという。


 いずれエアヴァクセンの一部になるのだからいいことだ、いいことだ……。


 そう自分を落ち着かせようと思っても、苛立いらだちと嫉妬しっとと興奮が荒波のようにミアストに押し寄せてくる。


 何故だ……何故……あの小僧に出来て……自分にはできない……!


 そもそも、あの小僧を手放さなければ……!


 小僧の妹が両親を連れ出すため帰ってきた時に、見張りを厳しくして町を厳重に見張っておけば……!


 そうすれば、空行く水路も白亜の神殿も、全て何もしなくてもエアヴァクセンのものとなっていたのに……!


 いや、まだだ。


 まだ、機会はある。


 成人式は基本的にどの町のどんな人間でも出席できる。


 基本的に「町」は閉鎖的である。町の中でほぼ生活は成り立ち、特殊な職業の者があちこちの町を行き来して商品と共に町の噂を持ってくる。


 そして、その特殊な職業の一つに「町長」や「町長補佐」など、町から動かないのではと思われる人たちがある。


 勿論、理由はある。


 ランクがそこそこの町の町長は、しばしばあちこちの町に出かける。


 理由は、町民の数が少ないから。


 他の町の情報を手に入れて自分の町に取り入れ、町を少しでも高め、そして自分の町の噂を流して町から出された仮住人などが行きたいと思わせるようにする。そういう影の勧誘も中堅ランクの町長には重要な仕事だ。


 SSランクの自分がやるには不適当な仕事だが、それでも言い訳が使えるのなら使うべきだ。自分が手に入れるべき町を見て、この手にする方法を考えなければならない。


 グランディールに忍び込ませる「草」も必要だ。


 グランディールの情報は、今までグランディールが立ち寄った町の噂と言う形でしか手に入れていない。必要なのは生の情報。住んでいる人間から得られる情報。それを町民の中に入り込んで内側から流し続ける存在「草」を、エアヴァクセンはいくつかの町にいれ、そこから情報を得ている。しかし、グランディールには「草」どころか根すら入り込めない状況。ファヤンス、西の町に入れていた「草」に、そのままグランディールに入り込み情報を流せと伝えたのだが、その最後の命令に従った「草」はない。何人かいるはずの彼ら彼女らは、情報どころか現在地まで伝えてきたことがない。バレて追い出されたか、それとも取り込まれたか。


 どちらにせよ、自身の目でグランディールを確かめなければならない。


 ミアストは決意を固め、立ち上がった。

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