第425話・ぼくの心の中のエキャル

 髪を引っ張られたのは、ぼくがエキャル以外の鳥を可愛いと思ったからじゃないだろか。


 そう思ったのはエキャルの緋色の後ろ姿が門の方に消えて行ったからだった。


「帰ったら謝ったほうがいいかな」


「何が?」


 ペンでカリカリしながらシエル。


「何がです?」


 しっかりシエルを監視しながらシートス。


 シエルは多分全然聞いてないのでシートスに言う。


「いや。エキャルが」


「エキャルが?」


 不思議そうに一瞬こっちを見るシートス。すぐにシエルに視線が戻るのは、自分の役目はシエルの見張りと心得てるから。でもちゃんとこっちの話も聞いている。


「いや。このイラスト見て」


 シエルの手元を指差す。


「エキャルが嫉妬したんじゃないかって」


「ああ」


 エキャルがぼくに対して嫉妬深いのはグランディール町民の知るところとなっている。当然シートスも知っている。


「アナイナとは線引き出来ているけれど、イラストの鳥だと頭に来るんじゃないかってことですか?」


「うん」


「来るでしょうねえ」


「やっぱり?」


「帰ってきたら、めいっぱい可愛がってあげてください」


「そうします」


 エキャルはいい子で鳥では自分の一番だって言い聞かせてやらないと。でないとエキャルが噴火する。


 そりゃあもうめいっぱい可愛がってやんないと。


 帰ってきたら甘やかせと騒ぐエキャルが目に浮かぶよう。


 あ。なんか疲れてきた。


「う~」


 首を捻りながら描き続けているシエル。


「こっちの方が可愛いかな~……でももうちょっと目を見開かせた方が」


 どんどん絵が可愛くなっていく……。


 ダメだ。これは少なくともエキャルが帰ってくるまでは見ちゃダメなヤツだ。何か擬音にすると「きゅる~ん」とかってなって星が飛ぶタイプだ。ダメ。これ見ちゃダメ。エキャルが帰ってから!


「町長、こんな感じで」


「いやエキャルが帰ってからで」


「何で?」


「後から説明するから仕事を続けて」


「じゃあシートス、これは?」


 目を逸らすぼくの横で、シエルがシートスに何か見せてる。見たい。でもエキャルに浮気を疑われる。


 何で結婚してない彼女もいないのに浮気を疑われる心配をしなきゃいけないのか。


 嫉妬深い妹や飼い鳥を連れているとこうなると言うことか?


 いやエキャルは可愛いよ? アナイナも普通にしてれば可愛いよ?


 って誰に言い訳してんだぼくは。エキャルにか?


 はふぅ。


 溜息をついて、何となくエキャルが飛んで行った窓を見る。フォーゲルからここまで、伝令鳥の翼で往復四半日くらい。アッキピテル町長の返事が早ければもうちょっと早く届く。


 シエルには言ってないけど、多分だけど、多分許可は出ると思うんだ。


 走鳥は品余りして困ってるって言ってた。そんな鳥をモデルにしたキャラがいて、それが可愛ければ欲しいと言う人は出る。違ってたって言われても、本物をイラストに近付ければいいだけのこと。フォーゲルはそのくらいのスキルは持っている。


 うん、可愛いは正義だよ?


 だからぼくの心の中のエキャル、そこで勝手に怒らないで? 実際のエキャルと同じ顔をして怒らないで? 本当にその顔で怒られそうだから! 鳥で一番可愛いのはエキャルだから、本当だから!


 心の中のエキャルにめいっぱいつつかれて泣きたくなってきたところに、エキャルご本人様御帰鳥です。


「エキャル、お帰り」


 シートスが気付いて開けた窓からエキャルが入ってきて、思わずビクつくぼく。悪いことはしてないよ? ホントダヨ?


 エキャルがぼくの目の前に着地しつつ首を伸ばす。封筒の中にはしっかりフォーゲルの町印とアッキピテル町長の個人印。


 エキャルの顔色を窺いつつ手紙を開く。


 『是非に! 是非に!』


 書き出しから食いつき気味だな。アッキピテル町長。


 『クレー町長もお察しの通り、走鳥は重要な売り物なのに、不便さばかりが強調されて売れていません。グランディールの大湯処のマスコットになったとあれば、それだけで問い合わせが来るでしょう。デザイン画の使用許可をいただけるのであれば町スキルで走鳥をそちらに近付けることも可能となるので―――』


 色々丁寧に書かれているけど。


 要は、「イラストに似た鳥を作っていい許可が出るなら好きなだけ使ってくれ」と言うことで。


「シエルー」


「あー?」


 気の抜けた返事。


「走鳥、使っていいってさ」


「マジ?」


 いきなり目が爛々らんらんと輝くシエル。


「その代わり、このイラストの使用許可をくれって」


「何すんの」


「走鳥をイラストに近付けて売るって」


「オレのデザインがフォーゲルに進出……」


 ぐっと拳を握るシエル。


「よっし。愛くるしく可愛らしく誰もが一目惚れするデザインを完成させる。させて見せる!」


 急に火が付いたシエル。


「あいたっ」


 髪の毛を引っ張られたぼく。


「エキャル?」


 あ。これ、さっきまでの心の中のエキャルと同じ顔。


「エキャルが一番だから! 本当だから!」


 本当にぃ? という顔のエキャル。疑問形……っ!


「本当だから! これだけ可愛いなら走鳥の実物を、とか思ってないから! 本当だから!」


「え。飼えないの?」


「ていうかどこで使うの。空飛んでんだぞうちグランディールは」


「町中のお手軽な移動手段として」


 どれだけ走る鳥だと思ってんだよ、半日休みなく走る鳥がグランディールに必要か?

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