第42話・ワガママ見参

 味も分からないまま、カトラリーを置く。


「ギリギリ、及第点」


 アパルは笑顔できついことを言う。


「満点ってどんな感じ?」


「笑顔で美味しそうに食べきることかな」


 無理!


 訳の分からないカトラリーをどれ使えばいいか考えつつ食事のウィットにとんだ会話をしつついくつものことを同時に行いながら笑顔を出して味わって食べきるなんて無理だから!


 涙目の無言の抗議にもアパルは気にしない。


「これがランチだ。ディナーになったらもっと色々出て来るぞ?」


「勘弁して……」


「町長なんだろう?」


「影の町長でいい……」


「影の町長でも町長なら他の町の町長やギルド長なんかと会食の機会はあるからね、慣れておきなさい」


 スキル「まちづくり」に町長らしい振る舞いができるようになるってのないかなあ……。町を造るんだから町長にも何か付与効果が出てもいいと思うんだけど。うん、探してみよう。「まちづくり」の中には町長らしい振る舞いの仕方が入っていてもいいと思うんだ。


「お兄ちゃん!」


 アナイナが飛び込んできた。


「帰ってきたらわたしと一緒にいてくれるって言ったじゃない!」


「町長だからね」


 どうどうとアナイナを宥めながらアパル。


「町長らしい振る舞いを覚えなければみんなが困るんだ」


 ぶんむくれたアナイナに説明して言い聞かせる。


「で、みたいなのになっちゃうわけ?」


「冗談」


「そこまではいかなくていいよ」


「ってアナイナ、お前に預けたあれは……」


「我が君!」


 ああ、またあの甲高い声が来た。


「町に相応しい町民を作る前に、町に相応しい町長になる。確かに、人を率いるには己がまず動いている姿を見せねばならない……!」


「率いてるつもりはない」


 どうしてもヴァリエの前ではいつものぼくがでてこない。アナイナの前のぼくでもない。どちらかというと……多分ヴァリエが町長らしいと言いそうな感じの……アパルやサージュの言う「町長らしい仮面」を被ったぼくだ。


「あと、ここに入る許可を出した覚えはない」


「我が君……」


 涙で潤んだ目で見られても心はちっとも動かない。


「ヴァリエはわたしが見てるから。誰かに嫌なこと言ったら耳を引っ張るの」


「これまで何回引っ張った?」


「そだね、七回は」


 ヴァリエがここに来てから、そんなに時間は経っていない。それでアナイナのお仕置き耳引っ張りが七回も出たってことは……。


「……誰に喧嘩売った?」


「まず門番のソルダートにそれで本当に町を守れるのかって。次にミュースに力だけのでくのぼう呼ばわりして。フレディが家畜の面倒見てるところでこんな野生を町に入れるなんてって。子供たちが遊んでるところでそんな暇があれば勉強しろ。畑でヒロント長老に土を肥やすだけのスキルか、アグロスにスキル使うくらいなら自分の手でやれ、ライプンにそんな反則技で育てて恥ずかしくないのか」


「ヴァリエを任せてから二刻。二刻。……二刻」


「一応町の人に顔通しておこうと思ったんだけど、逆効果だったわこれ。町の人が嫌がることばかり言って反省もしないんだもん。ミュースに頼んで突き落としてもらう?」


「ひ」


 ヴァリエの顔が一瞬にして青ざめる。あの高度でぶら下げられた恐怖は残ってるのか。ならなんで反省しない?


「確かにな。ミュースもいらない。門のところまで連れて行って、軽く押すだけでいい」


「わ、我が君、それは」


「ねえ、ぼく、言ったよね? 他のみんなと仲良くする。それがこの町に住むための唯一の条件だって。それができなかったらこの町を追い出すしかない。でも君はこの町が飛ぶということを知ってしまった。君がここにいるのはぼくの慈悲じゃない。妥協だ。空を飛ぶことを知られるよりはまだ手の内に入れておいた方がいいって言う、ね」


「~~~~~~~~っ」


「あと、忘れてるみたいだけど、ぼくを「我が君」って呼ぶのは禁止。ぼくは君のものじゃない。ぼくはぼくの、そしてグランディールのもの。そうして、君はぼくの町民として認めていない」


 大きな目に涙をぼったぼったさせてこっちを見るヴァリエ。でも誤魔化されないよ。よく泣き落としする妹と十四年間付き合ってきたからね!


「要するに出過ぎの自分勝手なんだよね、ヴァリエって。騎士ってそんなに偉いもんなのかなーって思うよ。わたしより歳はずいぶん上なのに、全然、わたしより子供っぽいもん」


 アナイナに子供っぽいって言われるって何なんだろう……。


「ちなみに何歳だ」


 マンジェに聞かれ、アナイナは答える。


「二十六だって」


「おいおいマジか。そこまで生きててその考え方? 騎士として捻じ曲がった育てられ方したんだな。人に勝手に忠誠誓って周りの人間のイメージが違うと文句つけて悪口言うって」


 悪口は多分ヴァリエ以上のマンジェがとどめを刺す。


「わ、わたくしは、良い方に変わっていただきたいと……」


「だから、君の「良い」とぼくの「良い」が全然違うことを理解してくれよ。でないと本気で門から突き落とすよ」


 さすがに人を殺す気はない。ないけど、これくらい脅しておかないと彼女には効かないだろう。


「食事も、着るものも、寝る場所も、グランディールの町民のためにある。君のためには何にもない。君がここにいるだけでグランディールの町民に迷惑をかけているってのに、それ以上迷惑をかけてどうする? 君はこの町では何もできない居候だ。町民に寄り添う気もないワガママに付き合う暇はぼくにはない。アナイナ」


「なーに?」


「しばらく家から出さないようにしてくれ。でないと町の空気が重くなる」


「えーっ! お兄ちゃんと一緒じゃないの?!」


「ヴァリエの面倒役を引き受けたのは?」


「…………はい」


「なら、それをちゃんとやってくれ。多分今グランディールで一番重要なことをアナイナに任せたんだから」

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