第277話・イコゲニア一家

「これ炙っておいてくれ」


 皮を剥いだ蛇を母親に渡し、母親は炉の傍で蛇を炙り始める。


 それを確認して、その人はぼくの前にしゃがみこむ。


「随分ちっこいじゃないか、ぇえ?」


 強面大男……名前知らないから父親と呼ぶ……が手を伸ばし、ぼくの頭をわしわしする。


 ちょ、力、強い!


 そのまま頭がべしゃ、と床に押し付けられる。


「おとうさん!」


「おお、悪い悪い」


 父親が笑いながら手を離す。力強いです。


「こんなちっこいのに人噛み蛇を食い殺したかあ。頼りになりそうだな」


「おとうさん、わんちゃん……」


「おお、いいぞ。そいつが逃げなきゃな」


 きょとんと見上げる姉弟に、父親は言い聞かせる。


「そいつにだって行きたいところがあるだろうしな。それを無理やり家の中に押し込めたら、そいつが可哀想だろう?」


「どっか、行くの? わんこ」


「それは犬に聞いてみないと分からないだろ。まあ「わん」としか言えないから聞いても分からんが。ここにいたいならいていいし、出てきたいなら出てっていい。そう言うことにしとかないと、そいつもこっちもつらいだろ?」


「わんこ……」


 フィウ君がぼくの目の前でしゃがんで、手を伸ばし、ギュッと抱きしめた。そのまま抱き上げられる。苦しい、苦しいですフィウ君!


「ほら、そんなぎゅっとしたら、わんすけ苦しいだろ」


「わんすけじゃない! わんこ!」


「どっちも同じだろ」


「名前を付けてあげないとこの子も混乱するわね」


 母親が呆れたように言った。いや、ぼくはわんこでもわんすけでもわんちゃんでも構わないけど。大体ぼくのことって分かるし。


「ペルロ!」


 ツェラお姉さんが叫んだ。


「ペルロってお名前!」


「おう、そうか、ペルロか」


 もう一度父親がぼくをわしわしした。


「オレはパテル、パテル・イコゲニアだ。よろしくな」


「わたしはマトカ、この人の嫁でこの二人の母親よ。よろしく」


「ツェラ!」


「フィウ!」


 なるほど、イコゲニア一家、パテル・マトカ夫妻にツェラ・フィウ姉弟か。了解。


 フィウ君にぶら下げられたまま、尻尾がはたはたと振れる。


「ペルロは名前を気に入ってくれたようね」


「わんこ、ペルロ?」


「そうよ、ペルロ」


「ペルロ! ペルロ!」


 苦しいですフィウ君! ぶら下げられたままギュっとされると苦しいです! もうちょっと手加減してください!


「ほれ、わんすけ……じゃないペルロが苦しい顔してるぞ? あんまり人間の力でギュッとし過ぎるとこの小さいのにはキツいぞ?」


 パテルさんに言われて、フィウ君は渋々ぼくを手放す。ああ苦しかった。けほけほ。


「おら、飯にするぞ」


「「はーい!」」


 姉弟が声をあげて、マトカさんの後についていく。


「ほれ、わんすけ……じゃないペルロはこっちだ」


 パテルさんがふちの上がった小皿を二枚出してきて、一つに水を、一つに炙った蛇肉の半分とパンと干し肉を置いてくれた。


「ガキどもを助けてくれてありがとうな。家にいる間は飯のことは心配すんな。おまえが自分で捕ってきても構わないぞ。蛇をありがとうな」


 ああ、ティーアと同系統か。強面で避けられるけれど動物好きで情に厚い。


 尻尾が勝手に揺れる。


「おー。可愛いな」


 わしわしわしわし。


「おとうさん、ペルロはあたしがわしわしする!」


「ぼくも!」


 料理の入った皿を持ってきながら姉弟が抗議の声をあげる。


「いいだろぉ? こいつの飯を持ってきてやったんだから」


「ペルロはあたしの!」


「ぼくの!」


「お家にいるんだから、みんなの、でしょ?」


 マトカさんが二人を抑えてくれた。


「お父さんがペルロのご飯を取ってくるんだからお父さんも撫でる権利がある。お母さんがペルロのご飯を料理するから、お母さんも撫でる権利がある」


 ふくれっ面をした二人に、マトカさんは皿を置いてその鼻を軽く弾いた。


「この家にいる間は、ペルロはみんなのペルロ。そうでしょう?」


 ぷーっとふくれっ面をした姉弟は、それでも椅子に座る。


「さ、精霊神様にお祈りをして、いただきましょうね」


 家族は精霊神への短い祈りを捧げて、食べ始めた。


 ぼくもパテルさんがくれた皿から与えられたご飯を食べる。


 ぱさぱさだけど、犬にやる分としてはかなり豪華。


 ご飯を食べて、口の中が乾いたら水を飲む。


 それを食べ終わって、ふぅ、と息を吐く。


「おう、綺麗に食べたな」


 パテルさんが笑って僕を見下ろす。


「わしわしするー!」


「ご飯が終わってから!」


 しゅん、とフィウ君。


 うん、そうしてくれると嬉しい。食べ終わったばかりでお腹抱えられて抱き上げられると半端なく苦しいからな。


 ちょっと外へ出る。


「ペルロ、行っちゃう!」


 フィウ君が立ち上がろうとするけど。


「ペルロの邪魔をしちゃダメでしょう」


 うん、邪魔しないでくれると嬉しい。


 パテルさんがドアを開けてくれたので、その隙間から外に出て、用を済ませて戻ってくる。


「ほら、戻ってきたでしょう?」


「ペルロ!」


「おしっこしたかったんだねえ。でも家の中でしないのはいい子ねえ」


 はい、用を足してきました。だから、外へ見に行かないでください。

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