第30話・町長がいなくても

 それから、しばらく町で過ごした。


 畑は耕され、種や苗が植えられ、様々な実が枝をしならせている。


 もちろん、「豊作」「耕作」「育成促進」、肥えた地にして、そこを柔らかくして、根付いた野菜が大急ぎで育つ、という三つのスキルのおかげ。二ヶ月の間で三度は収穫できた。ヒロント長老、アグロス、ライプンの三人が毎日嬉しそうに畑を回っているのを見ると、なんだかほっこりする。野菜が町民全員でも食べきれないほどできたけど、シートスの「食品保存」でいくらでも蓄えられる。食料保存用の倉庫も作った。


 シエルは「陶器作り」のポトリ―と組んで、第二の商品として服じゃなく「陶器」を売り出そうと試行錯誤中。


 ポトリ―は無からでも陶器を作り出せるけどそれだどちょっと質が落ちるし大きなものは作れない。いい陶土とうどがあればそれだけいいものが作れるらしいけど、この近辺にはない。なんせ断崖地帯だから! 


 で、ぼくの所に「いい陶土作れないかな」と泣き付いてきた。


 陶土……陶器用の粘土のことだよね……それを作って町の為になるのかな……っていうかファーレに頼んで畑の土から粘土を作ってもらえばいいんじゃないか、いやそれならいっそ家具や服のように町で作ればと思ったりもしたけれど、「男のロマンが」とポトリーに泣かれたため、ダメもとで町に頼んでみたところ、畑の傍に盛り上がりができて、そこで陶土が取れるようになった。本当に何でもありだな、この町。でもまあ、「陶器作り」ってスキルがあっていいものを作れる可能性があるならチャレンジしたいよね。焼きとかはスキルでできるって言ってたので、窯を作る必要がないのは良かった。窯って近くにあると滅茶苦茶暑いし。


 そんなぼくの思いをよそに、ポトリーはシエルに指示を受けながらどれだけ美しい器を作れるかで頑張っている。食器ならテーブルなどを扱うデレカート商会がどこかいい売り出し先を見つけてくれるかもしれない。


 町は、少しずつ豊かになっていっている。


 シエルは陶器作りの傍ら、初注文の家具のお任せ部分を空中に絵を描きながら考えて、町の人間が想像しやすい形にして、月の終わりの日に町民みんなで念じて、繊細な作りに相応しい意匠の椅子を作り出した。もちろん設計図にあるトコロはそのまま。


 本当、町長ミアストはなんでシエルを切ったんだろ。


 嬉しそうに創作活動に打ち込むシエルを見るたびにそう思う。


 空に絵が描けなくなったからって、そのデザインセンスとかがなくなったわけじゃないのに。ぼくを切った以上に損してると思うよ? 


 なんて思うと、ますます町長は何をすればいいのかわからなくなってしまう。


 そう。


 ぼくはぼくが町長である理由を見いだせていなかった……。



     ◇     ◇     ◇



 陶土の捕れる崖からなだらかに斜面になっている牧草地帯に移動して、柔らかい牧草の上にごろんと寝転ぶ。


 エアヴァクセンよりかなり北にあるけれど、風が強いわけでなく、太陽さえ出ていれば何となく暖かい。


 ぼーっと空を眺める。


 ああ、雲が流れている……。


「我らが町長はずいぶん退屈らしい」


 我らが町長?


 耳慣れた声にかけられた言葉に違和感を感じて、ぼくは起き上がらす目線だけその方向に向けた。


「ヴァダー」


「隣いいか? クレー」


「お好きに」


 ヴァダーが横に座り、同じように空を見上げる。


「エアヴァクセンの空より高いな」


「高いね」


 ぼーっと空を見上げる。


 視界の端を高く、多分猛禽類が一羽、二羽、翼を広げて滑空していく。


「暇だな」


「暇だね」


「やることないな」


「ないね」


 ヴァダーは溜息をついた。


「やっぱりお前もか」


「え?」


「やることがなくって、他の連中が輝いて見える、だろ?」


「あー。そんな感じ」


 視界を空に向けたまま、ぼくは答える。


「なんか、今更だけど、アパルかサージェが町長になったほうが良かったんじゃないかって思う」


 そもそも、ぼくが町長になったのは、スキルと成り行き、この二つ。


 グランディールを造ったのがぼくだった。町にしようと言ったのがぼくだった。


 ならお前が町長に、と押し上げられた。


 あの時は流された。できるならやってみようと思った。


 だけど、いざぼくの「まちづくり」が必要とされなくなると、ぼくにはやることがなくなる。


 今、グランディールは町長の力がなくても動いている。


 町の印を持っているのはぼくだ。それは変わらないけれど。


「町を造るだけなら、別にぼくが町長じゃなくてもいいんだよね」


「確かにそうだが」


 んーとヴァダーが腕を組む。


「……それでも、お前が町長であることは変わらないよ」


「……なんで?」


 面倒なんだけど、と返すと、ヴァダーもごろん、と牧草の上に寝転がる。


「結局、お前が、町の屋台骨なんだよ」


「スキルだろ」


「いや?」


 ヴァダーがあっさり否定する。


「なんで。なんでなんでなんで」


 まるでアナイナのように繰り返したぼくに、ヴァダーは苦笑を返した。


「町が回り出して、町長が絶対必要ってわけじゃなくなって、……それでもお前が町長だよ」


「…………?」


 ぼくがやっとのことで起き上がると、今度はヴァダーが寝転がったまま言葉を続ける。

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