第117話・夢とスキルと現実と

「……確かに、お父さんは子供の頃、門番になりたかった」


 お父さんが遠い目をして呟いた。


「門番?」


「ああ。町を守る門番さんがカッコよく見えて、戦闘系のスキルを手に入れて、立派に町を守って見せると思ったものさ。スキルが「火種作り」で夢を諦めたよ。戦うスキルがなければ意味はないからね」


「でも、スキルなくても訓練すれば強くはなれるでしょ」


「スキルを持っている人には劣るからなあ」


「スキルないってだけで諦められる夢だった?」


 お父さんは難しい顔をして考え込んだ。


「……そうだね、諦めたくはなかった。だけど、お父さんの父さんに言われた。そんなスキルで何を守るんだってね。同じ訓練をしてもスキル持ちには敵わないんだから素直に諦めろと」


「でも、やりたいことがあるのにスキルのせいで出来なかったら腹立たない?」


「そりゃあ……」


 お父さんは少し考えこんで、そして息を吐いた。


「そうだね、火種作りで有利になる職種もほとんどなかったし……スキルレベルを上げて使えるようにするしかなくて……」


「楽しかった?」


「楽しいはずがない」


 溜息交じりのお父さん。


「やりたかったことじゃないし、未来も見えない。ただひたすら火種を作り続ける毎日だった。これが何の役に立つのだと思ったこともある」


 考えてた通り、未来の希望も何もない面白くない日々だったらしい。


「それだったら、スキル持ちには負けても訓練受けて下っ端でも門番やったほうが楽しいだろうとは思わなかった?」


「ああ、思ったとも」


「だからこの町はスキルで職業は決めない。やりたい人がやりたいことをやる。それが一番住んでいる人にとっても幸せだと思うから」


「そうなのかしら……」


 お母さんは難しい顔。


 まあ、しょうがないよね。この世界ではぼくの考えが異端なんだ。


 置いてくれた町のためにスキルで尽くすのが町民の正しい在り方、とほとんどの町で教えられている。


 だから、元ファヤンスの町民に公布した「スキルと職業は関連しなくてもいい」の報はしばらく町長は正気かどうかの議論の種になっていた。……子供から成人したばかりの層には大歓迎されたけどね。スキルがわからなくて将来を決めかねていたりスキルと性格とが合わなくて町を追い出されそうになったりしてたの。


 絵付の高レベルスキルを持つクイネを本気で食堂の親父として受け入れたことで町長は正気かどうかは分からないけれど本気だということは分かってもらえた。


 そして大人でも転職を考えている人が増えてきた。学問所に大人向けの授業を、と言う話はそこから来てる。


「アナイナが料理習ってる食堂の親父さんね。「絵付」の高スキル……9000くらいある、絵付師として雇えば十二分に町の看板になる人」


 え、と両親がぼくを見た。


「本人は料理人になりたくて、子供の頃から食堂とかに通って料理を学んで、成人したら「絵付」のスキルでしかも高レベルだからせっかく覚えた料理も作らせてもらえないでひたすら好きでもない絵付をやらされる日々だった」


 ぼくは歩きながら言葉を続ける。


「それを何とかしてやりたいって、新しく町民になった人から頼まれたから、その人含めてほぼ一つの町を併合した」


「町を併合って……なんて町を?」


「ファヤンス」


「陶器の町じゃない! Dランクだけど、良い陶器を作るって評判の!」


 お母さんの声がひっくり返った。


「ファヤンスの町長が失敗して新興の町に取り込まれたってのは聞いてたけど、それがグランディールだったの?!」


「うん、まあ」


「うんまあじゃない」


 お父さんは頭を抱え込んでいる。


 ……まあ、追放された息子がスキルで町一つ作った挙句高名な町を併合して大きくなっているなんて聞いたら驚くよな。


 どう理解してもらえばいいんだろう……。あ、そうだ。


「じゃあ、町の判定をこうしてくれる?」


「?」


 ぼくは両親に振り返って笑いかける。


「エアヴァクセンとグランディール。どっちに住んでる人が楽しそうで幸せそうか。町って言うのは住んでる人が幸せならいい町なんだと、ぼくは思うから」



 門の方に向かう。


 今の時間はキーパが順番で、槍を持って立っていたけどぼくを見て一礼した。


「キーパ。異変は?」


「あるわけないだろ、異変がフライングしてくるならともかく」


「?」


 ぼくは両親を手招きして、門の向こうを示した。


「!!!???」


 両親、絶句。


 まあ、浮いてるもんなあ。しかも結構な高度。


「こ……の町、浮いてるの?」


「うん。ぼくのスキルでそうなっちゃったみたい」


「ううん在り得ないでしょ、空飛ぶ町なんて伝説で……」


「どうやら、この浮いている区域全体がグランディールの面積になって、契約書を交わして町の住人となった人間が増えるとこの面積も増えていく」


 ぼくは門の柱をしっかりつかんで見下ろしながら説明した。


「だから、エアヴァクセンみたいに町の中も外もぎゅうぎゅうってことはない」


 いや在り得ないでしょう……と呟くお母さんと、呆然と見下ろすお父さん。


「良かったな町長、ご両親とも無事で」


「ありがとキーパ」


 キーパもエアヴァクセンの人質にされかけてた両親の話を聞いて、アナイナが向かったことも心配してくれていた。だからぼくも笑顔を向ける。


「じゃあ、とりあえず町を一周しようか」


「……心臓がもつだろうか」


 お父さんがさりげなく不穏なことを言った。

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